<草紙21> 糸瓜を食べてみました

 今春、子規庵の糸瓜の種を主宰から頂きました。

 (正岡子規の絶筆三句)

糸瓜咲て痰のつまりし佛かな

痰一斗糸瓜の水も間に合はず

をとゝひのへちまの水も取らざりき

 子規は結核を病み、晩年は糸瓜水を飲み、痰、咳の薬としていたようです。ところで、糸瓜を食用として食べていたという記録はあるのでしょうか? 糸瓜にはミネラル、ビタミン、食物繊維、塩分などがあり、むくみや、高血圧、便秘、肥満、貧血防止に良いと知りました。もちろん糸瓜水は、美容にも良いと言われています。沖縄では苦瓜と共に郷土料理だということです。私も初めて糸瓜の料理を作ってみました。まず、味噌炒め、次いでバター醤油炒めにも挑戦。どちらもおいしかったです。食用にするには、まだ若い実のほうが良いそうです。今まで糸瓜は糸瓜水とたわしを作るものだと思っていたので主宰に感謝です。

 また、このコロナ禍の自粛の中で明るい黄色の花に励まされ、朝夕に糸瓜の数を数える楽しみがありました。9月半ばで18本の実が出来ました。種が出来たら多くの人に配りたいと思っています。

朝な夕な糸瓜数へて恙無し     

糸瓜食べ肌すべらかに秋うらら

    ヒ ロ


<草紙20>白鼻心(はくびしん)(富南辛夷句会便り)

 7月の句会では、梅雨、蚊帳、アカシアの花、日焼け止め、大蛾、クレマチス、あめんぼう、竹の子、白靴、夏手袋、空蝉などの多彩な夏と、西瓜、朝顔などの秋が顔を覗かせていた。コロナ禍の外出自粛のためか、身ほとりの句材が多い。出句の中に「白鼻心」が登場した。この句会では、初めてのように思う。白鼻心は、暗がりで見ると狸かと思うが、ジャコウネコ科で夜行性。名前は鼻筋に白いラインが入っているのが由来。この句会の上滝地区の山手では十年ほど前から、ぽつぽつとトウモロコシ、西瓜などの被害を耳にしていた。本来は山の木の上で生活するようだが、最近は廃屋、寺社の屋根裏などに侵入し、棲み着く話も多く聞く。

 さて、句に登場した白鼻心は、西瓜の食べごろを見事に嗅ぎ当てたとの句。「いよいよ明日収穫」と思っていたその夜に被害にあった。白鼻心は、食い散らかすことなくきれいに食べて、満腹になれば残して行くという。被害に遭った作者は「おいしいと綺麗に食べてくれれば、怒りはあるものの、まあ許せるかな」とのこと。一つだけ良いことがあったという。食べ残した西瓜に大きな甲虫がいくつも来ていて、お孫さんが大喜びしたとか。ここ上滝地区の畑は、猿害は常態化し、次に熊が加わり、続いて白鼻心が加わった。野生動物との共生を考える時期なのだろう。

康裕


<草紙19> 大蛾

 猛暑日が続いている。畑仕事を終えると野良着は絞れば滴るほどの汗みどろだ。すぐに洗濯して外の軒下に干す。翌朝、すっかり乾いた野良着を竿から外して、また着て畑へ、という繰り返し。ある朝、二つ折にして干したズボンを竿から引き下ろそうとすると、二つ折になったその隙間に、何やら薄茶のものが着いている。よく見ると、大蛾が張り付いている。払うと大蛾はどこかへ飛んで行ったが、まだ薄茶のものが残っている。大蛾の卵だった。どうやら産卵したばかりだったようだ。

 ここで、私の頭に過ったのが、「蛾の入りし袖におどろく宿浴衣」(前田普羅『春寒浅間山』所収)。この句を読んだ時は、たまたま、蛾が浴衣の袖に潜り込んだのだろうと軽く考えていた。が、この朝の出来事に、私は「もしや」と気が付いた。「普羅の浴衣も、宿の人が洗濯して外に干しておいたのだ。その間に、蛾が産卵に恰好の場所として袖の隙間に入り込んだに違いない」と。私の干したズボンの隙間に身を隠すように産卵していた大蛾のように。

 急に前田普羅が身近に思われてきた。折しも辛夷創刊百周年を2024年に控えている。初代主宰前田普羅に「しっかりと鑑賞せよ」とお叱りをいただいた心持ちである。

康裕


<草紙18>柘榴の花、その後

 柘榴の花(のガク)の、「その後」を公園に見に行ってきました。たくさんの方が、辛夷草紙16「タコウィンナー」と「四季だより(夏)」を見てくださって、「その後」が気になるご様子。ということで、しっかり写真を撮ってきましたよ。タコウィンナーの頭のところがだいぶ膨らんでいました。赤い色はとれていましたが、タコウィンナーの足はしっかり残っていました。これからどうなっていくのでしょう。ますます見たくなってきました。高いところに12個ほど実になっていましたが、まだタコウィンナー姿のものも残っていました。近づいている台風が心配ですが、「みんな頑張って!!」。

たこちゃんHiro


<草紙17>踏切(富南辛夷句会便り)

 6月の句会では、万緑、クレマチス、青嶺、鴨足草(ゆきのした)、白靴、髪洗ふ、山椒魚、笹百合、青野原、実桜、青胡桃、草むしり、麦秋などの多彩な「夏」が溢れていた。それぞれの句から日々の生活の身近なところに「夏」があることがわかる。富山では、四季の中でも夏が一番、自然の中で活き活きと活動している感が強い。

 さてその富山の「初夏」を、先日NHKのBS番組「こころ旅」が走り抜けていった。舞台は、我が句会の活動地域。5月下旬、代田の横を流れる水の音が心地よく響き、その中を火野正平さんが手紙に書かれた依頼を果たすべく自転車を走らせた。出発は、富山市本宮(常願寺川上流の集落)にある立山線の踏切付近。ここから常願寺川左岸沿いに下り、横江頭首工堰堤を渡り、右岸の立山町へ。そしてさらに線路に沿うように旧道を下り、目的地「釜ヶ淵駅近くの踏切」へ。ここで通過列車に「手を振る」のが手紙の依頼。運転手さんが気づくかどうか心配だったが、火野正平さんが手を振ると運転手さんも手を振り返し、依頼者の願いが叶って嬉しかった。遠い子供の頃に、通り過ぎる電車に向かって手を振っていた思い出を持つ人も多いだろう。

 最後の場面「釜ヶ淵駅近くの踏切」を後日訪れたが、三本の道が集まっていた。私の家の近くにも踏切が交差点となっているところがある。「踏切」は車や人が集まり、立ち止まり、別れるところだ。

麦秋や踏切越せば道分かれ    康裕     

 ちなみに火野正平さんが走ったこのルートには、常願寺川の流れと大日岳を同時に一望できる撮影スポットがあり、絶景。辛夷社ホームページの「トップページ」や「四季だより」を飾っている。

康裕

                                                      


<草紙16> この「タコウィンナー」は何でしょう?

ヒント1 6月中旬、富山市の公園に咲いていました。

ヒント2 夏の季語になっています。

ヒント3 タコの足の様に見えるのは、肉厚の「ガク」です。

ヒント4 タコの頭のあたりが膨らんで、女性に人気のジュースになります。膨らんだところは、秋の季語になります。

さて、答えは後で。(→最終ヒント「四季だより」の夏のページを見てね)→答えは「柘榴の花」のガクでした。実の写真も待っていてね💛

 たこちゃんHiro

                                                      


<草紙15>著莪の花(富南辛夷句会便り)

 句会の拠点は、上滝公民館。脇を上滝線が通り、踏切を渡ると、大山図書館。この図書館の裏手にある山の裾に上滝山不動尊、瀧社がある。先日訪れると、この不動尊の脇に著莪の花が群れていた。

 さて、句会だが、今回は中坪先生のご指導を仰いだ。句材は春の暮、春筍、一年生、山桜、藤の花、田植、雷、著莪の花など「春」と「夏」が混在。今回は、事前投句を採用し、選句・披講が終了した段階で先生にお出でいただいた。予め各自が選を終えているので、落ち着いてじっくりと先生の選評・添削を吸収できる。語順の入れ替え、助詞の使い方、背景説明からの言葉の入れ替えなど、具体的なだけに全員納得顔。お話の中で、「著莪の花」の句がめっきり減ってきたと伺った。著莪の花は、森や、寺・神社の境内、庭園などでよく見かけたものだが、コロナ禍の外出自粛で詠む機会が減ったのだろうか。それとも「著莪」そのものが減ってきたのだろうか。私も不動尊の脇で出会った「著莪の花」で詠んでみようと思う。

 今日は、句会に投句された文夫さんの句を紹介します。

水音の大きく小さく著莪の花  文夫

康裕

                                                      


<草紙14>新緑の里山(富南辛夷句会便り)

 この時期の富山は、残雪の白、杉の深緑、雑木の薄緑と、コントラストが絶妙だ。畑に出ても、立山・剱岳・大日岳などの残雪と里山の澄みきった新緑が、私に畝作りを中断させる。私は、いそいそと「辛夷社のホームページ用に」と、お気に入りの撮影スポット(富山市・南上野)へ出かけてしまうのだ。

 さて、句会だが、コロナ対策用に開けた窓からの風が心地良い。会員の生活エリアは、立山山麓、常願寺川や熊野川の扇頂部、富山旧市内などと多彩なだけに、句材は木の芽、早蕨、残雪、山躑躅、堅香子、花、入学、春塵、春炉など、「春」があふれていた。この句会は、かねてより作句背景や感想を述べ合うことを大切にしていて、会員の暮しや生活エリアの独特な情景を聞くことができる。同じ富山なのに知らないことがあって楽しい。また、今回は「夫戻る」か「夫帰る」かの「言葉選び」で、それぞれの受け止め方の違いが見られて印象的だった。熱中のあまり、時間が長引くことがしばしば。次回の句会からは事前投句を採用し、清記時間を省くなどの工夫をしてみることになった。 

早蕨を五本にぎりて夫帰る 優子

 康裕

                                                      


<草紙13>崖に咲く大辛夷  

 高岡市福岡町にある大きな辛夷の木の花が満開になった。この辛夷は、崖に根を張り、空に向かって枝を伸ばしている。根回りは1メートルほどあり、崖で踏ん張っている姿を下から見上げると、その逞しさに元気をもらえる。開花時には、山に薇がたくさん出たよと村人に教え、満開の頃は、農作業の始まりだよと教えてくれる。何より花の勢いは豊作の証。村人たちは、毎年この花の勢いに一喜一憂しているのだ。今年もまた、安心。そして、傘寿を越した我もまた、大いに句作して元気‼

見上ぐれば生きよ生きよと大辛夷     宏

                                                      


<草紙12>枝折れ桜(富南辛夷句会便り)       

 公民館の風除室に背丈ほどの桜の枝がポリバケツに活けてあった。花は見頃で、聞けば枝折れ桜だと言う。「もったいないので利用者の皆さんに見ていただきたくて」とのこと。公民館の方の心遣いがうれしい。ちなみに、この桜は富山県の桜の名所の一つである「常西用水プロムナード」の桜で、自治振興会の方が軽トラで運んできてくださったのだとか。  

 さて、句会だが、先月の部屋でもコートをまとった句会とは打って変わり、皆さんの服装は春めいている。句にも、春一番、春の泥、蓬摘む、引越し、春の雪など、「春」があふれている。

 例年、辛夷5月号に辛夷年次大会予告が掲載される。今年は会場に集まっての大会となることを願いつつ「年次大会に投句を」と早めの案内をした。今から句会の皆さんとその日を楽しみにしている。

春一番綿しぼるかに雪ちぢむ  飛鳥

 下校児の一本道に春の泥    友子 

                          康裕

                                                      


<草紙11>私の好きな裏道       

帰り路は裏道とほる初詣

 辛夷3月号「高林集句抄」で巻頭をいただいた。うれしく励みになる。

 初詣は、富山県・立山町芦峅寺の雄山神社と決めている。境内の立山杉の木立は樹齢500年とも言われ、杉の香と祈願殿・奥宮の佇まいは神々しい。雪を被く社の趣は言うまでもない(「四季だより」元旦の社)。杉木立の鬱蒼とした奥宮あたりで羚羊(かもしか)にじっと見つめられると自然に背筋が伸びる。

 芦峅寺は母の里で、子供のころは母の実家へよく遊びに行っていた。神社の裏道は村の入口から神社にかけての道。当時は小川沿いにある道で荷車が通る位の道幅だったように思う。その小川で従兄弟らとよく遊んだものだ。今は暗渠になって車が通るが、ゆるくうねった道は子供のころを思い出させてくれて私の好きな道だ。

 また、この神社は孫達のパワースポットの一つ。最後の仕上げの神頼み、受験の合格祈願で力をもらっている。

春草を分けて羚羊神の杜

                             康裕

                          


<草紙10>春日差し(富南辛夷句会便り)        

 先月の句会は大雪予報のため急遽中止となったが、今日は(2021.2.26)とても穏やかな日となり、出句は冬の句と春の句が入りまじっていた。先ずは冬の句だが、鶴嘴(つるはし)を使った雪割りや雪降る未明の新聞配達などのご苦労を詠んだ句や、雪が降れば雪を搔き、雪が止めばほっと一息入れてと、雪と生きる句も。春の句と言えば、立春を機に掃除をしたり、北窓を開けて思い切り換気したりする行動派の句や、春日をのんびり楽しむ句があり、冬から春への移ろいを実感した句会だった。

雪止めばコーヒー淹れて新聞を  圭 子

あやとりを取る手の皺に春日差し 喜代美

                                                                                      康裕

                          


<草紙9>吟行に出かけたい         

 仲間と吟行に出かけることがずっとできていない。コロナ禍の収束はいつになるのだろう。会員の宏さんが「ホームページ作りの参考に」と送ってくださった写真を見ていると、しみじみと吟行に行きたくなる。ホームページ「辛夷の歩み」で紹介されている棟方志功が疎開していた福光町の福光駅(JR城端線)の写真だ。棟方が揮毫した「無事」という文字が掲げられている。駅を行く人達の平穏無事、駅で働く人達の無事、無事故などを祈る心のこもった文字である。駅前にある棟方の記念碑の写真もある。棟方が描いたような列車に乗って、棟方自身も、彼の椅子の梱包材として奇跡的に残ったという「釈迦十大弟子」もやってきたのだと思うと感慨深い。雪が解けてタンポポが咲き出したら、宏さんの案内で、この福光駅やだまし川周辺への吟行を企画するのも良いかと思う。もちろん河童伝説にふさわしい蛍の季節にも。その時は「みんなと」と願うばかりである。

                                                                                      康裕

棟方志功の記念碑より

                          


<草紙8>嬉しき「読者のたより」           

 立春を過ぎると寒さは厳しいものの、心のスイッチは春に切り替わっている。「地霧(じぎり)」と言うらしいが、太陽の日差しを受けて畑から湯気が立っている。これを見ると畑仕事の準備をと思う。ところが、明日(2月17日)は今年3度目の大雪予報。春が足踏みしている。

 このような日に会員の宏さんから、ホームページ辛夷草紙の<草紙6>(すてきな富山弁「空に乗る」)を懐かしく読みましたとの便りをいただいた。ホームページ担当者として読者の声を届けていただけるのは何よりも嬉しく、励みになる。

 住まいの高岡市三日市方面では、「空に乗る」を「シミアイリキ(凍み合力)」と呼ぶとのこと。手紙には「今日は『シミアイリキ』になりましたから、10時過ぎまで野外授業をします。スキーでも、ソリでも、茣蓙(ござ)すべりでも自由に遊んで良しと先生から話があり、子供達は大喜びした」と綴られている。

 宏さんは、このようなしだいに消えてゆく話を「民俗と方言」として書き残すべく纏(まと)めているとのこと。宏さんは以前、俳誌辛夷に「棚田歳時記」として俳句を交えて農作業の今昔を連載された。それらの俳句は正に地貌を詠まれたものだった。今度は「民俗と方言」を拝読できる日を楽しみにしていよう。

                 康裕


<草紙7>またも大雪予報(富南辛夷句会便り)            

 今年2度目の大雪予報のため、句会(2021.1.29)を急遽中止した。結果としては、雪は30センチほど降ったものの暴風はなく開催できたように思う。が、これもやむを得ない。先の大雪後の句会なので、投句は殆どが除雪、排雪の句だっただろうと思う。私の投句予定の句がそうだったが、欠席投句の方も同じで「凍てを割る」句もあった。私の用意していた句を紹介すると

    二階より深雪の庭を俯瞰せり 

 この時期は朝一番に2階の書斎から庭の積雪を見て雪対策を考える。その日は大松が重そうに雪に耐え、雪吊は縄を張り切り、雪見灯籠は烏帽子のごとく山高な雪帽子を被り、庭は腰ほどの雪だった。屋根も腰ほどの雪。

    雪下ろし木の間飛ぶ鳥下に見て

 10年ぶりかもしれない。襖の開け閉てが渋くなり屋根に上った。鳥達は木の間を飛んでいる。空腹なのだろう。その日は電車の音もなく、車は轍を拾いながらの運転で静かな日だった。

                          康裕


<草紙6>すてきな富山弁「空に乗る」 

 温暖化が言われ出す前の、昔の雪の暮しを数人の方に伺う機会があった。

 雪がたくさん降り積もる富山の冬でも、時折の雪晴れがある。朝、放射冷却で冷え込むと、雪が凍って雪の上を歩けたそうだ。だから学校へは近道して田圃の雪の上を一直線に進んで登校したという。あることを期待して……。学校に着くと先生たちが相談していて、子供たちに外で遊んでいいという校外学習扱いとなったとか。長らく外で遊べなかった子供たちは大喜び。

 この凍った雪の上を歩いていくことを富山の人は「空に乗る」と言っていたと教えていただいた。なんという美しい表現だろう。地域によっては「凍みに乗る」「凍み乗り」とも言っていたそうだ。圧雪したスキー場の雪の上を歩くのとは全く違うのだ。油断すれば、ごぼっと(ずぼっと)雪に足が沈んで腰まで雪の中。それもまた笑い合い、雪からの脱出も助け合って楽しんでいたという。雪上サッカーなどはボールを追うというよりわざと転げまわっていたとか。時に先生を先頭に小さな遠足みたいに1㎞近く歩くことがあったとも。凍雪の硬さと頼りなさ、宙に浮かんでいるかのようなふわふわ感、久しぶりの太陽の輝き、子供たちの歓声が聞こえるようだ。また機会があれば昔の雪の暮しの話をお聞ききしたいものである。

            康佐


<草紙5>大雪です。「ごぼる」ってわかる?富南辛夷句会より

 大雪が一息ついたものの寒い。句会場は換気しながらの暖房なので、殆ど利かない。コートを脱がずに句会。次回は一工夫いりそうだ。殆どの方がこの大雪にめげず、雪の句を出句。雪落とし、雪深し、初雪、除雪、雪遊びなどと多彩であった。俳人なればこその目線で雪を楽しんでいる。

 雪の句で、方言と言われている「ごぼる」を俳句に詠み込むと通じるかと意見交換をした。地域性があって良いとの意見が大勢。ちなみに「ごぼる」は「雪にずっぽりとはまってしまうこと」を指す。いつか「ごぼる」を使った句を作ってみたい。

 今回から、俳誌「辛夷」の句会報のページに掲載する句の中から一句を紹介していきます。

薪くべて猫と寝ころぶ除雪あと   むつ子

12月18日 康裕記

ごぼった足の脱出跡(大穴)


<草紙4>初冬のフェーン

 11月も下旬に入った時期に、フェーンとは驚いた。しかも、夏日の気温だ。この時期の南風は、まだ残っている柿の葉や桜の葉をすっかり落とす。

 夜中に、明日は落葉掻きかと庭仕事の段取りを思いめぐらす。が、困ったことばかりではない。落葉をきれいに吹き寄せてくれるからだ。花畑の北西の角、車庫の北側の溝、裏庭の紅葉の周辺などがお決まりである。

 三連休に娘と孫が冬支度の手伝いに来てくれるという。やりやすい落葉掻きをその日まで取っておこう。        

風に道枯コスモスの打ち合うて

裕太


<草紙3>富南辛夷句会

 中坪先生をお迎えして指導を仰ぐ4月の句会がコロナ禍のため中止。様子を見つつ11月にようやく実現した。雪吊、畑仕事、りんご市、稲子追い、むかご飯、栗ごはん、七五三の句のほかに、いわゆる三密をさけた紅葉狩の句も見られた。先生の御句に直に触れる機会はありがたく、嬉しい。先生の丁寧な選とご指導に皆さんは納得の様子。

 先生からホームページのリニューアルにも触れていただき、全国的にみても誇れる内容との紹介に担当者の一人として嬉しいかぎりであった。

掻きよせる音に湿りや柿落葉  

康裕


<草紙2>「蜘蛛をペットに!」

 俳誌『辛夷』10月号に、巻頭作家の金山千鳥さんが「ひと隅を長居の蜘蛛に貸しつ切り」という句に合わせて面白いお話を寄せておられた。それは3年程前に見つけた小さな蜘蛛が掃除機の音に隠れたり千鳥さんをうかがったりして成長するほほえましいお話。近くペットに昇格の予定とのこと。

 おかしくて私も家の中を探し、やっと見つけた巣は空っぽ。どこかに隠れているのならよいが、不慮の事故にでも遭ったのだろうか、などと蜘蛛の心配をしている自分に驚いた。今までは、蜘蛛を見れば恐る恐る追い払っていたのだ。何度かそっと見に行ったが主の姿はない。しかし翌日、蜘蛛の巣はきれいになくなっていた。どうやら引っ越しをしたらしい。ペットにできず、残念。

美沙


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