学び6「感情を言わずに、余韻を残す」

古巣抱き空に鳥恋ふ冬木かな

 12月、玄関先の山法師もすっかり葉を落としてしまった。ふと見上げると、鳥の巣を発見‼ 雛が無事に巣立っていくまで、しっかりと山法師が守っていたに違いない。そう思ったとき、今はもういない巣に山法師の寂しさを感じて作った句。俳句教室では、中坪先生から「古巣は春の季語だが、この句での主たる季語は冬木なので季重なりでも大丈夫。「かな」の切れ字もよい。しかし、「恋ふ」が強すぎるので、トーンダウンをした方がよい。感情をわかりやすく言いすぎると、読者の味わう余韻をとってしまう。」と指導をいただいた。木の中心にしっかり巣を抱えている山法師の姿に少し感情移入してしまったので、対象を客観的に写生することの大切さを学んだ。

古巣抱き空に鳥見ぬ冬木かな

蓮子 俳句教室

学び5「ポイントを絞る」

風なくも枯葉ふれあひ降りてくる

 落葉の道を歩いていると、落葉を踏む音が心地よい。しばらくして頭上でも音がしていることに気がついた。見上げると、風もないのに枯葉が降ってきていて、「枯葉が落ちながら触れあって音を立てている」と驚いた時の句。以下が、俳句教室で中坪先生に指導していただいた過程。

①「文章でわかりやすく説明しすぎた句。情景を聞くと言いたいことが多いので、キーワードを決めればよい。この時どう感じたのか?」→「足元の音のほかに上にも音があることに驚いた」

②「するとキーワードは音。では、足元の落葉を踏む音か、頭上の音か、どうするか? どの言葉がないと困るのか。何を焦点とするかを絞る。」→「焦点は『枯葉が触れ合って落ちてくる音』。初めは何かわからなかったけれど、それに気づいたので」

③「では原句は、触れて落つる音と気づかず落葉径、として、上五中七で、読者に「何のことかな」と思わせて、下五で、読者が「ああ、そうか」とわかる仕組み。これをヒントにして作ってみてほしい」

 このように段階を踏んで指導を受けることができ、いろいろ言いたいことがある中から、ポイントを絞っていくことが大切だとわかった。

触れ合ひて落つる音あり落葉径

おかめいんこ  俳句教室

学び4「よく見て、具体的に」

賀状来る母の字のまま卒寿なり

 元日生まれで90歳となった母から賀状がきた。手が痺れてうまく字が書けないからもうやめようかと言いながらも書いて送ってくれた。賀状を手に、見慣れた母の字に今年も頑張ったねと作った句。俳句教室で、中坪先生から「”卒寿”は前書きにして、”母の字”をよく見て」とご指導いただいた。母らしい字形だ→もっとよく見る→さすがに少し筆圧が弱くなっている。そこで先生から字が「淡い」という言葉をいただいた。さらに、「少し」→「いくらか」→「いささか」という推敲も教えていただいた。語順を整えて、母の頑張りを表現した記念の句となった。

母の字のいささか淡き賀状来る(母、卒寿)

さと  俳句教室 

学び3「作句上のポイント」

 令和2年度の北日本文芸俳壇の年間賞が発表され、その総評に中坪先生が作句のポイントを載せておられました。

(引用)作句上のポイントは次の通りです。まずは季語の説明にならないこと。二には出来事などの報告とならないこと。三には社会通念を述べないことです。日常の中の一コマを具体的に描くことが肝要です。他人の作品を味わうことも、ご自身の俳句感覚を磨いてくれます。(「北日本新聞」令和2年12月28日)

 私は俳句教室で先生の指導を受けていますが、先生の作句上のポイントを、俳句歴4年の自分に当てはめてみました。俳句を始めて1ケ月ほどたった頃、松の木にきれいな青い実を見つけて喜んで句にすると、思い切り「新松子(しんちぢり)」の季語の説明でした。それからは、きれいだと思うことを述べてもそれは「季語の説明」と、まず思うことにしました。句作の基本として先生はいつも「季語と自分の立ち居振る舞い」とおっしゃいます。

 二では、出来事の「報告の句」と「そうではない句」の違いもまだ明確ではありません。句に「詩情があるか」「独りよがりの詩情ではないか」と悩みつつ作句しています。失敗すると、先生や句友がアドバイスをしてくれます。こうして失敗を活かすことや、他の人の句をたくさん読んで「詩情」を感じとれるようにすることが大切だと思っています。

 三の「社会通念」では、自分の句が「それは当たり前のことですよね」と言われないか、時間をおいて見直すことにしています。これをチェックするのは難しく、自分の思い込みが先に立ってしまいます。手書きではなく活字にして見直すと気づくことが良くあります。また、句が説明や概念の表現になっていないかとチェックして、一コマの切り取り、具体的な表現にと、いろいろ推敲しだすと時間があっという間にたっています。そうして納得した句ができると、とても嬉しくなります。

 先生は「俳句は自分史」とおっしゃいます。私にも出来・不出来は別として4年間の自分史ができました。令和3年の始まりにあたり、先生の作句上のポイントを心に刻み、今年も句作を愉しんでいきたいと思います。

亜紗 俳句教室

学び2「自分の身に近づける」

縁側の藪蚊多きも里の家

 遠方の実家に高齢の母が独りで住んでいるが、コロナ禍で帰省できず、6月下旬の自粛解除ですぐに向かった。案の定、庭や畑は草深くなっていたが、実家に来られた安心感からできた句。俳句教室では、中坪先生から下五「里の家」が容易な表現であると指導を受け、状況説明の時の「母が元気でよかった」という私の言葉から「母達者」という言葉をいただいた。漠然とした「里の家」に比べて、ぐっと自分の身に近づいた句になったと嬉しかった。また「達者」という言葉を普段使わない私であったが、「元気」と「達者」のニュアンスの違いを句友から教えてもらい、高齢の母にふさわしい句になったと、また嬉しくなった。

縁側の藪蚊多きも母達者

美雪  俳句教室

学び1「読み手に伝わるか」

花卯木小道を閉ざす粗朶の壁

 この句は、水芭蕉の森の草刈ボランティアに参加したときの句。
 水芭蕉の湿地に入る小道に粗朶が組まれて、通せんぼしていた。草刈リーダーはこれを「壁」と言うとの説明。そこでこの句が生まれた。
 句会では、中坪先生から、読み手には分かりにくいとの指導。指導を受けてみると「壁」という言葉に捕らわれ過ぎたことに気づく。指導を受け、推敲の結果次の句となった。

粗朶組んでとざす小道や花卯木

康裕 発行所句会