五岳集句抄
夏シャツのロゴを叩いて干しにけり | 野 中 多佳子 |
蛍袋頷くやうに待つやうに | 荒 田 眞智子 |
たぶの木に一夜宿りの椋の群 | 秋 葉 晴 耕 |
らふそくの火を継ぎ合ふも立秋忌 | 浅 野 義 信 |
月涼し切手の絵柄選びつつ | 太 田 硯 星 |
雲海に馴染みの山の二つ三つ | 山 元 誠 |
青嶺集句抄
一年の老い顕らかに汗をふく | 青 木 久仁女 |
川べりに麦茶分け合ふ飛騨山路 | 成 重 佐伊子 |
手を刺され蚊遣を腰にまた庭に | 菅 野 桂 子 |
秋蝶の小さく白く日を返す | 脇 坂 琉美子 |
ほどけゆく秋夕焼や豆腐切る | 明 官 雅 子 |
飲み干して切子妖しき光かな | 二 俣 れい子 |
蛇と目の合うて向き変ふ庭掃除 | 岡 田 康 裕 |
夜の秋縞目走らす裁ち鋏 | 小 澤 美 子 |
ほそ径のおしろい花に撫でられて | 北 見 美智子 |
草引けば夫を疑ふ鋸出でて | 野 村 邦 翠 |
団子食ぶ店の奥まで青田風 | 杉 本 恵 子 |
震災禍の玄関軒に燕の子 | 石 黒 順 子 |
高林集句抄
令法(りょうぶ)咲く頃か山へは行かねども | 寺 田 嶺 子 |
<主宰鑑賞>
令法は山地などに群生する落葉小高木。食用に摘む若芽をもって春の季語とする。夏には穂状の白い花が咲く。群れ咲く花穂は誰の目にも入ろうから「令法の花」の季語があってもいいと思うのだが。掲句の面白さは「咲く頃か」と、通い慣れた山路を覆う花の広がりを確信していることであり、当季限定の直感の働きである。季語分類としては雑(ぞう)の部となる。
海色のギヤマンに盛る薄造り | 道 端 齊 |
<主宰鑑賞>
透明に輝くガラス器、それが「海色のギヤマン」と表現されて何か魔法にかけられたように別物となる。盛られた平目、鯛、鱸などの薄造りがいよいよ美味なる艶と質感を浮き立たせよう。食する前に眼福のほども。心地よい潮風と眼前に広がる海原、相対する人物像は、などと想像を掻き立てられる。
衆山皆響句抄
生身魂伝ひ歩きも差配もし | 川 田 五 市 |
<主宰鑑賞>
生身魂は盆に父母、あるいはその他の年長者を敬い饗応するものだが、人生百年時代、生身魂と呼ぶに相応しいのは何歳ぐらいからであろうか。とにかく、一読、微苦笑を禁じ得ない。危うげな伝い歩きと、難題も取り捌く差配とを並列に置く「も」の働きによって何ともユーモラスな雰囲気が出ている。超高齢化社会となった今後の老い方を考えさせられる。
扇子置く房のもつれや恋模様 | 中 島 兎 女 |
掃苔や熊を案ずる電話来し | 加 藤 友 子 |
鉛筆を削り小憩灯涼し | 石 黒 忠 三 |
ひまはりの似合ふ普羅塚経流る | 小 路 美千代 |
余生にも日課のありて汗を拭く | 砂 田 春 汀 |
扇風機冷蔵庫にも当ててやる | 今 堀 富佐子 |
蝉鳴きて背中を焙らるる心地 | 石 﨑 和 男 |
夫と我メロンの船にサジの櫂 | 金 谷 美 子 |
立ち話男日傘も加はりて | 仕 切 義 宣 |
油蝉聞こえぬ耳に法師蝉 | 勝 守 征 夫 |
衛星の点滅軌道星月夜 | 那 須 美 言 |
近所みなひとしく老いて水を打つ | 久 光 明 |
手の震へ風にほぐして祭笛 | 土 肥 芥 舟 |
解体の進む庭先蜻蛉舞ふ | 鉾 根 美代志 |
紫陽花の雨幾たびの青さかな | 小 峰 明 |
月光のメロディーに変りゆくしじま | 長 山 孝 文 |
学生ら白雨蹴散らし駅に入る | 早 水 淑 子 |
※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。
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