<草紙51>「 前田普羅 と 牧野富太郎博士 」
もうすぐNHKの連続テレビ小説「らんまん」が最終回を迎えます。私は、ある時から主人公の万太郎が植物に話しかける眼差しや言葉に、前田普羅の姿を重ねて見るようになりました。と言うのは、万太郎のモデルである牧野富太郎博士との交流を、普羅が心から喜んでいた述懐を読んだからです。その交流から詠まれた句からも、普羅の植物への眼差しが感じられるようになりました。
以下にそれを紹介します。普羅が自身の句とその背景や思いなどを綴った『渓谷を出づる人の言葉』から引用しますが、現代の表記に直して紹介します。
葛の葉や飜るとき音もなし
俳句に関係の深い植物だけでも、実際に研究しておいたら、と久内清孝氏が言われたので、ちょうど萩の真っ盛り、先ず萩だけでも調べてみようと、久内氏に従い胴乱をかついで野外に出て、同氏の指揮で植物を見始めたのは、自分が植物に対する関心の糸口であった。萩の種類は多かった。萩の種類の多い事よりも、萩を求めるために草木を分けて歩く間に見た、あらゆる植物の形態美は、どんなに自分を搏(う)った事だろう。自分は野外採集の最初の日において、萩ばかりじゃない、凡ての植物を打ち眺めようと決心した。歴史の古い、また創立理由の最も美しい横浜植物会例月の野外採集に出ては、理学博士牧野富太郎先生をはじめ、その門下の若い沢山の自然科学者に接する事が出来た。牧野先生に直接に指導して頂く外にこれらの若い自然科学者の日常の研究を知り、また久内氏からその師牧野博士の近況や研究を聞く事は自分を喜ばせた。殊に世界的科学者にして一面また飄々たる自然人の風格を有する牧野先生に近接する事は、月に一回の野外採集をどんなに待ち遠しがらせた事であろう。
農林省に居られる農学博士桑名伊之吉先生も、植物の研究は君の俳句に新天地を拓くだろう、と喜んで下さった一人であった。
かくて横浜郊外の山谷は久内氏に引きずられて歩きつくした。葛の大葉は秋の山谷をつつんでいて、風にひるがえるとき、その特有の白色の裏を見せてくれた。
このように普羅と牧野博士とのつながりを思いながら、「葛の葉や」の句を読みなおすと、より深く句を味わうことが出来ました。また、「普羅の風狂は、粋で学究的であった」とする中坪主宰の言葉にもつながっていることがわかりました。
美沙
<草紙50>「 朝顔も熱中症か 」(富南辛夷句会便り)
生垣に這わせた朝顔が、突然つぎつぎと枯れ始めた。水遣りをかかさなかったのだが、いよいよ花が咲くぞという時になって葉が萎れてきた。例年であれば夕方に水を遣れば、翌朝には元気な葉を見せてくれたものだが、今年はまったく回復しない。ネットで調べると午後の日射しと西日が強すぎたようだ。そこで、かろうじて残っている朝顔のために、午後には葭簀をかけてやっている。何とかこの猛暑を乗り切ってほしいものだ。私の見解では、朝顔も熱中症なのだ。昨年の夏には蝉も熱中症になるということに驚いていたが、皆、この暑さには参っている。ちなみに、富山市の猛暑日観測日数は、23日で過去最多とのことだ。(8月22日現在)
さて、8月の句会でも、溽暑、極暑など気温を直に詠み込んだ句が複数見られ、作者の猛暑への驚きといらだちが表れていた。が、新涼、鳳仙花、玉蜀黍、薄などの句に着実な秋の訪れも感じられた。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
西空にうつるものなき大暑かな
踊り子の踏めば玉吐く沢清水
忘られて尚さかりなり鳳仙花
康裕
<草紙49>「 宿坊の草花 」(富南辛夷句会便り)
立山山麓の芦峅寺にある宿坊「教算坊」を訪れた。芦峅寺には立山禅定の修験者や行者のための宿坊が多く並んでいたが、現在、芦峅寺に残された宿坊は二つ。そのうちの一つが「教算坊」であり、江戸時代後期の創建と考えられている。今は立山博物館の一施設として自由に見学できる。大きな立山杉の木立をはじめ苔や山野草の美しい庭園を散策したり、すぐ近くの雄山神社から流れ来る清浄な気を総身に感じたりできる魅力的な宿坊だ。
私の目に飛び込んできたのは、池の辺にかすかに揺れている撫子、独活の花、花ぎぼしなどの草花だった。中でも殆ど見ることがなくなった撫子をじっくり見ることができたのが嬉しい。これらの花を見ると子供のころ、この宿坊から近い母の里に泊まりこみ、夏休みを過ごしたことを思い出す。
宿坊のなでしこ揺るる静寂かな 康裕 ※撫子の写真は、「四季だより・秋」掲載
さて、句会だが、この夏は荒梅雨や線状降水帯による被害が伝えられており、「出水」の句が詠まれていたのが印象的だった。そのほかに、星祭、夏座敷、レース、冷素麺、ビールなど、いよいよ夏本番を楽しむ生活の句が多かった。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
雷の遠ざかり行く石明り
夕立のにごり一すぢ神通峡
箱の如き庭下駄のあり夏座敷
康裕