<草紙57>「 雪雫 」(富南辛夷句会便り)

 雪を被いた木々の枝先や葉先から雫が落ちる、雪雫だ。小鳥たちが雪雫の光る枝々を飛び交い、庭がはなやぐ。私は、椿や松の雪雫が好きだ。椿の枝先で少しずつ膨らんでいく水玉は、氷のように透きとおり、水色にも見える。そして、その雫は葉に、石に弾み、春の到来を喜ぶ童の声のようにも聞こえる。一方、松の雫は静かだ。松の細い葉先に宿った本当に小さな水玉のきらめきは、星のようにも見える。いよいよ春だ。

 さて、今月の句会は、アイゼン、正月、豆撒、梅、薄氷、春、春寒、雪解雫、春一番、野遊と、冬と春が混ざり合っていた。次の句会は、3月29日だが、発刊の時を迎えた『辛夷』創刊百周年記念号を手にして盛り上がることだろう。待ち遠しい。

 投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。

  大空に弥陀ヶ原あり春曇

  梅白く藪にかくるる隣かな

  春寒し人熊笹の中を行く

康裕


<草紙56>「 能登半島地震 」(富南辛夷句会便り)

 これまでに経験のない地震の揺れに驚いた。元日の夕方、孫たちと富山市内の玩具店に小物を買いに出かけていた時のこと。ぶらりと店内を回っていると、突然、足元が揺れ、壁が揺れ、陳列棚が波を打つように見えた。ともかく、孫たちと駐車場へ。そこへスマホが鳴り響いた。「緊急地震速報 石川県能登半島に地震」。自宅と連絡を取り、帰宅。能登では震度7、富山も震度5強の大地震。これがその時のあらましだ。刻々と、石川・富山の両県にわたる被害状況が報道され、その地に住む知人を思い、かつて訪れた美しい能登の惨状に心が痛む。

 今月の新年の句会は、顔を合わせば先ず互いの無事を確かめる言葉から始まった。投句は、やはり能登半島地震の句だ。夕食の準備をしていた方、町で買い物中の方、思わず幼子を抱きしめた方、ともかくと避難された方、急ぎ支援活動に携わられた方々の句だ。これらの句は、俳人の生活の記録として、そして復旧・復興への祈りとして、俳誌『辛夷』に残っていくだろう。普羅の愛した能登の自然と人々への思いを込めて。

                            康裕

 


<草紙55>「 柿を捥ぐ」(富南辛夷句会便り)

 我が家の柿の木は、今が捥ぎごろだ。「柿日和」とも言える底抜けの青空に竿を突く。狙い目の柿を見つめていると空の青が濃くなり、藍色にも似てきた。今年は、柿の生り年にあたることにもよるが、昨年大きく下ろした枝に小枝が育ったこともあって、実をたくさんつけている。4、5個ついている小枝もある。熊よけ対策として「柿捥ぎ」が呼びかけられているので、せっせと捥ぐことにしよう。

  天蓋の柿をくぐりて猫車(ねこ)を押す   康裕 

  薬師岳超す天辺の柿もぎにけり       康裕

 さて、今月の投句の中で、目を引いたのは、冬の山道で見た、朴の冬木を蔓が締めつけている景や藤の実が枯れきって弾じけそうな景を詠んだ句だ。山を詠むのはなかなか難しいが、山での身近な気づきを掬い取った句は、読者を惹きつける。ここでは、投句を紹介できないので俳誌「辛夷」に載るのをお待ちいただきたい。

 投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より2句。

  舌端にやがて温まる柿の種

  真榊の濃緑燃ゆる冬の山

                            康裕