普羅4 前田普羅の立春の句「オリオンの真下春立つ雪の宿」 

 令和3年1月9日、富山市で124cmの積雪を記録し、翌10日には128cmとなりました。100cmを超えたのは昭和61年以来、35年ぶりだそうです。ちなみに昭和14年の観測開始以降、最大は翌年の昭和15年の208cmですから、富山市に定住していた普羅はこの大雪を体験していることになります。昔は今と違って毎年の大雪が当たり前だったと聞きますから、雪国の人々の春到来の喜びは、今よりずっと大きかったことでしょう。令和3年の立春は2月3日です。そこで今回は、普羅の立春の句について、主宰中坪達哉の著書『前田普羅その求道の詩魂』の「普羅の永住の地」(p130)から紹介します。

 (抜粋)オリオンの真下春立つ雪の宿   普羅
 雪の宿は、富山移住後間もない普羅の自宅を指す。富山城址公園内に立つ普羅文学碑5句中の1句で、大正末の作。掲句には普羅の自解があるので引く。
 オリオンは冬のはじめになると、宵の口から立山の上にかかげられる。冬が更けると共に、オリオンは高く高く昇って来る。「花火」の様なオリオン星座を冬の空に見出すのは左程に困難でない程、其れは美しい姿である。春立つとは云え、雪は毎日降りしきる。我々裏日本(現 日本海側)に居る者の俳句には、春と云っても常に雪を添えなければ真実を伝える事は出来ないのである。
 一夜雪は晴れた。空を仰ぐと、其れと目につくオリオンは天頂に来て居た。宵の口にオリオンが天頂に来て居るのは、雪は如何に降るとは云え、最早、暦の明示する通り春が立って居る証拠である。自分の小さな家はオリオンの真下にあって、雪をかぶって居る。
 やがて雪解がはじまる。光明と自由とが帰って来る。自分の心は又しても母にめぐり会った子供の如く喜びに打たれる。オリオンの真下の雪の宿を出て、オリオンの真下の富山市中や、奥田村の村道をあるき廻った。

 今回の掲句と普羅の自解の文章はとても美しく、壮大な天空と澄みきった地上の世界とが心地よく感じられます。灰色の雪雲が頭上から消えた解放感、美しい星々、白銀の雪、冷たく清浄な空気。雪を被いた家々の灯。そして何より春到来を告げる天頂のオリオン。実際の富山の春は、まだまだ先ですが、春立つ喜びを「光明と自由とが帰って来る」と表現した普羅。雪が大好きな普羅ですが、春が来た喜びの心を抑えかねて歩き廻るのもまた普羅なのです。  


普羅3 前田普羅は「雪の詩人」

 辛夷社の地、北陸富山はいよいよ雪の季節になりました。前田普羅も雪の句を多く詠んでいます。主宰中坪達哉は、その著書『前田普羅その求道の詩魂』の「雪の俳句」(p18)で雪の名句を紹介しています。 この主宰が紹介した名句と、『辛夷』創刊号の選者である池内たけしの「仮に雪という句を作る場合にも東京にいても作れそうな雪の句は駄目である。北国らしい雪気分の句でなくてはならぬ。」という言葉(詳細はトップページより「辛夷」の歩みを参照)をもって、今回は、普羅の雪の句の格調の高さ、そして雪国らしい特色を詠み込んだ普羅の「地貌」の句の趣を味わっていただきたいと思います。

 (抜粋)
普羅には、『雪』の絶唱が多い。中島杏子は、普羅を『雪の詩人』とも呼んでいる。
  雪垂れて落ちず学校はじまれり
  農具市深雪を踏みて固めけり
  雪卸し能登見ゆるまで上りけり
   小庭朝暮
  山吹を埋めし雪と人知らず
これらの句には、雪国の人々が負う雪の重みが実感として詠み込まれている。

  春雪の暫く降るや海の上
  弥陀ヶ原漾ふばかり春の雪
天空と山海に束の間の交歓をもたらすかのように降る春の雪である。

また次の2句には、三冬を経た雪がもたらす巨大な力を感じる。
  雪解川名山けづる響かな
  国二つ呼びかひ落とす雪崩かな

そして、次の3句には、「只、静かに静かに、心ゆくままに、降りかかる大自然の力に身を打ちつけた」普羅の俳境が純化した宗教的な神韻さえ感じる。
  雪山に雪の降り居る夕かな
  奥白根かの世の雪をかがやかす
  鳥落ちず深雪がかくす飛騨の国

 以上、いかがでしたか。雪国の自然や生活を知る方々には共感や郷愁、そして雪国のことを知らなくても心で感じられる趣や雪世界の清浄さ、荘厳さ。普羅の句を味わっていただけましたでしょうか。

 普羅の雪の句は、まだまだたくさんあります。主宰中坪は、上記の著書に普羅の雪の俳句の鑑賞を載せ、読者を普羅の世界へ誘います。それらも機会をみて紹介したいと思います。

 ちなみに普羅は山吹の花が大好きだったようです。真っ白な雪の中に埋まって静かに春を待つ、その山吹の姿を感じている普羅。山吹と普羅と雪だけの秘密。花好きな方には、普羅が身近に感じられる句ではないでしょうか。


普羅2 前田普羅の句の魅力 >

 今回は、前田普羅の句の魅力を大きくとらえて、その魅力を味わっていただければと思います。そこで、主宰中坪達哉の著書『前田普羅その求道の詩魂』より「大正時代の立句に学ぶ」(p173)から抜粋して、普羅の句を紹介します。

(抜粋1)

 『俳句』平成16年5月号では大特集「大正時代の魅力」が組まれていた。それは、20人の俳人にアンケート形式で、自らが強い影響を受けた俳人12人の大正年間に詠んだ句、各3句を問うものであった。その中で挙げられた普羅作品を、多く選ばれた順に見てみると次のようになる。 

 雪解川名山けづる響きかな
 人殺す我かも知らず飛ぶ蛍
 寒雀身を細うして闘へり
 春尽きて山みな甲斐に走りけり
 春雪の暫く降るや海の上
 夜長人耶蘇をけなして帰りけり
 立山のかぶさる町や水を打つ
 病む人の足袋白々とはきにけり
 花を見し面を闇に打たせけり
 雪晴れて蒼天落つるしづくかな
 新涼や豆腐驚く唐辛子
 いづこより月のさし居る葎かな
 絶壁のほろほろ落つる汐干かな
 秋出水乾かんとして花赤し
 しみじみと日を吸ふ柿の静かな

 以上、いかがですか。俳人たちの選んだ「大正時代の普羅の句ベスト15」。普羅の句の格調の高さ、壮大さ、深い趣、斬新な表現等々、多様な魅力にあふれています。そして昭和の時代になっても、以下の抜粋2にありますように、普羅の句はより深化していきます。

(抜粋2)

 言わずもがなだが、普羅の俳句が大正時代で終わるわけではない。神韻たる格調高き句風は昭和に入っても変わらない。

 雪山に雪の降り居る夕べかな
 駒ヶ岳凍てて巌を落としけり
 かりがねのあまりに高く帰るなり