< 普羅28 前田普羅の「寒雀の闘い」>

 今回は、普羅の「寒雀」の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p38) 寒雀身を細うして闘へり

 世の中が変わろうと、動物たちの弱肉強食という生態系の過酷さは変わらない。小さい雀が生き残って行くことは大変なことと思う。雀は蝉や蜻蛉や蝶を襲うが、むしろ強者に襲われることが多い。鷹や梟などの猛禽は言うに及ばず、猫や鵙などにも常に狙われる。警戒心が強い雀が人間社会に接近しているのも、大きな鳥などの外敵から身を守るためではなかろうか。とりわけ獲物のない寒中は、否が応でも飢えを耐えて闘う季節となる。
 寒中のふくら雀が「身を細うして闘へり」というところに、一句の慄然とした劇的さがある。初見時には、空中で鵙などに襲われて必死に闘い地に落ちた寒雀が、末期となるかもしれない防衛戦に身をあらんかぎりに研ぎ澄まして臨もうとしている、そんな状況を想い描いた。が、大正10年発表のこの句は、後に普羅自身が鎌倉円覚寺にて目撃した2羽の雀の闘いである、と書いている。自句自解の難しさを痛感するのだが、句自体は雀同士の闘いではなくて命を懸けた強敵との闘い、と読ませるだけの切迫感と力強さを持っており、この句が普羅の代表作の一つであることに何ら変わりはない。『普羅句集』所収。


< 普羅27 前田普羅の「お正月」>

 今回は、普羅の「お正月」の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p57) 大雪となりて今日よりお正月

 昭和9年の正月は大晦日の昼ごろから降り出して大雪となった。当時は今とは違って掛け取りの時代である。大晦日ともなれば、掛け売りした代金を受け取ろうと掛け売りがやって来た。そんな酒屋とのやりとりなどもユーモラスに書き残している普羅であるが、一文は次のように結ばれている。「元日とは云へ余りに静かだ。噴井の音も含み声で耳に来る音は一つもない。雨戸を開けると昨夜からの粉雪は霏々として降って庭は二尺近く積って居る。水仙も菜畑も雪の底、杉も二三本は雪の中に曲り込んで居る。世の中の一切の用が済んだ様だ。又一切の用がはじまる様だ」と。
 普羅の句としては穏やかで優しさに包まれたものだ。そして何よりも、降る雪を瑞兆とするような弾んだ気分に満ちている。筆者としては、この雪が、越中の地に国守として5年間過ごした万葉歌人、大伴家持の歌「新(あらた)しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事(よごと)」の雪と重なってくる。「いやしけ」とは、ますます重なれ、の意味。
 雪の詩人としての一面も持つ普羅ゆえに、降る雪に託す思いも、むべなるかなである。『新訂普羅句集』所収。


< 普羅26 前田普羅の見つめた「冬枯れの美」>

 今回は、普羅の「冬枯れの中に見つめた自然美」を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p76) 枯れて月にも折るる響きせり

 飛騨では救荒作物としての稗が目に入ったことであろう。当然のことながら普羅も詠んでいるが、この句の「月にも折るる響きせり」には驚くばかり。月下の枯れた稗を句材にかくも格調高く神韻たる世界を打ち立てる、いわば立句をなす快感を味わわせてくれる一句である。所収する『飛驒紬』には「草木枯るる」と前書きがあって、「稗枯れて」はあくまでも冬枯れの中でのことであり、「月にも」が冬の月であることが明白となる。直ぐ後には「鉦叩しきりに叩き飛騨枯るる」が置かれているが、この「飛騨枯るる」という感覚が掲句の「月にも折るる響き」を鑑賞する上で大いに助けとなるように思う。
 冬枯の透徹した厳しさの中にある自然の美を愛し、それを見据えんとした普羅であった。それは、「茅枯れてみづがき山は蒼天(そら)に入る」や「枯れ澄みて落葉もあらず黒部川」などの句でもうかがえる。枯れ極まった四囲を「飛騨枯るる」とまで喝破し、己が昂揚感を枯れた稗に託して月光にも折れて響かせる、そんな枯れ稗を厳かに現前せしめうるところに普羅俳句の真骨頂があろうか。