前田普羅<59>(2025年9月)
< 普羅59 前田普羅の「 おわら(歌詞)」>
9月1日、「おわら風の盆」の始まりです。八尾町の「おわら」を見に行くと、目では踊りに夢中になり、耳では胡弓や三味線、太鼓、囃子、そしてみごとな高音の唄声に心を奪われます。ですが、唄の歌詞をじっくり聴いて味わうことがありませんでした。それに気づかせてくれたのが、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』です。おわらの歌詞は、八尾俳壇で活躍されていた俳人や、高浜虚子、野口雨情など八尾を訪れた文人墨客たちの歌詞、中坪達哉主宰も選者を務めたことのある懸賞募集当選歌など、たくさんあります。端唄を口にした普羅も、楽しんで作ったことでしょう。主宰の著書『前田普羅 その求道の詩魂』から「おわらの歌詞」と普羅の歌詞を紹介します。
(抜粋p178) 普羅と越中おわら
おわらの歌詞は、俳句の5・7・5と異なり、7・7・7・5が基本形である。ただ、最後の5音の前に必ず「オワラ」の囃子3音が入るので、実際には7・7・7・8と言えるかもしれない。よく耳にする唄の一つに
唄の街だよ八尾の町は 唄で糸とる オワラ 桑も摘む (中山 輝)
があり、そして男女の仲を唄ったものを一つ挙げれば、
ゆらぐ吊橋手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風 (小杉 放菴)
ちなみに、「越中で立山、加賀では白山、駿河の富士山、三国一だよ」また「浮いたか瓢箪かるそに流れる、行く先ア知らねどあの身になりたや」は囃子である。囃子としては長いので、長囃子と称される。
ところで、普羅もおわらの歌詞を作っている。「小原竹枝」と銘打った4作である。竹枝とは土地の民謡という意味である。
繭は車で車は馬で 馬は笠着て幌かけて
糸はむらなく情けはながく 八尾あまねの八重だすき
西は室牧南の野積 東卯の花梅の花
雪が来たそな牛岳様に あねま出て見よ枠とめて 普 羅
「あねま」とは若い女性。「卯の花」村とは、辛夷老大樹がある現在の角間をいう。
(『辛夷』平成16年10月号掲載)
<参考>
おわら節の唄と囃子の構成を知っておくと、それぞれを味わうことができ、聴く楽しみが生まれます。いろいろ違いはありますが、基本は「囃子・上の句・囃子・下の句」で、前後に「長囃子」が入ります。例を挙げれば、
<越中で立山 加賀では白山 駿河の富士山 三国一だよ>
<歌われよー わしゃ囃す>
二百十日に風さえ吹かにゃ <キタサノサー ドッコイサノサー> 早稲の米喰うて オワラ 踊ります
<三千世界の松の木涸れてもあんたと添わねば娑婆へ出たかいがない>
そして再び<歌われよー わしゃ囃す>と繰り返され、哀調を帯びた「合いの手(間奏曲)」とともにおわら節が続いていきます。