辛夷草紙<19>(令和3年8月)

<草紙19> 大蛾

 猛暑日が続いている。畑仕事を終えると野良着は絞れば滴るほどの汗みどろだ。すぐに洗濯して外の軒下に干す。翌朝、すっかり乾いた野良着を竿から外して、また着て畑へ、という繰り返し。ある朝、二つ折にして干したズボンを竿から引き下ろそうとすると、二つ折になったその隙間に、何やら薄茶のものが着いている。よく見ると、大蛾が張り付いている。払うと大蛾はどこかへ飛んで行ったが、まだ薄茶のものが残っている。大蛾の卵だった。どうやら産卵したばかりだったようだ。

 ここで、私の頭に過ったのが、「蛾の入りし袖におどろく宿浴衣」(前田普羅『春寒浅間山』所収)。この句を読んだ時は、たまたま、蛾が浴衣の袖に潜り込んだのだろうと軽く考えていた。が、この朝の出来事に、私は「もしや」と気が付いた。「普羅の浴衣も、宿の人が洗濯して外に干しておいたのだ。その間に、蛾が産卵に恰好の場所として袖の隙間に入り込んだに違いない」と。私の干したズボンの隙間に身を隠すように産卵していた大蛾のように。

 急に前田普羅が身近に思われてきた。折しも辛夷創刊百周年を2024年に控えている。初代主宰前田普羅に「しっかりと鑑賞せよ」とお叱りをいただいた心持ちである。

康裕