<草紙41>「『辛夷』創刊百周年に向けて 」(富南辛夷句会便り)
「『辛夷』創刊百周年記念事業のあらまし」が俳誌(辛夷12月号)に掲載された。この記念事業は、先がけて行われた『辛夷ホームページ』全面リニューアル(令和2年11月)に始まり、第2弾として『前田普羅 季語別句集』(令和4年9月)が刊行され、今後は令和6年5月の記念大会に向けて、記念誌の発刊や吟行ツアーなどの企画の具体化が進められる。
先の『辛夷』千号発刊記念大会(平成22年4月)では、私は式典会場設営や展示物リーフレットの作成などに携わり、今も充実した楽しい思い出となっている。この式典には富南辛夷句会の皆さんも多く参加された。来る創刊百周年記念大会でも、俳句作品の応募や寄稿、記念式典参加などを通して同人・誌友の皆さんとの交流を楽しみたいものだ。
さて、今月の投句の季語は、大雪、数へ日、短日、冬の朝、冬晴、冬の月、冬の星、冬の虹、初時雨、クリスマス、雪吊、枯芒、冬紅葉、落葉、冬の蜂などと多彩だった。中でも、二十四節気の「大雪(たいせつ)」で詠んだ句の作者は、中坪主宰が講師であるラジオ番組で「大雪を季語として詠まれた句は少ないです。是非詠んでください。」とリスナーに呼びかけがあったので詠んだという。このようなきっかけで句を詠んでみるのも楽しいし、自分の句作における視野も広げることができて、良いものだと思った。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より2句。
砺波越すあわただしさよ幾時雨
深々と落葉の中の落葉掻き
康裕
<草紙40>「 紅葉とマウンテンバイク 」(富南辛夷句会便り)
数年ぶりに紅葉の称名滝へ車を駆った。渋滞を避けようと朝の出発となったが、朝の日に映えた峡谷の紅葉は期待を上回るものがあった。毎回、称名滝の迫力には圧倒されるが、今年はさらに、まだ明け切らぬ山影を落ちる滝の神々しさや、紅葉にぶつかるように流れ落ちる真っ白な滝の美しさを見ることができたのは幸運だった。この写真は折を見て辛夷ホームページ「四季だより」に投稿したいと思っている。
また、道中に出会ったマウンテンバイクがとても印象的だった。総身で風を切り、紅葉の山道を走る姿は爽やかでうらやましくもあった。滝見茶屋で聞いたところによれば、立山町観光協会で「サイクルツーリズム」推進のため、坂道でも快適に利用できる電動アシスト付きマウンテンバイクのレンタルを立山駅(富山地鉄)前の案内所で始めたという。私も日頃の散歩を強化して体をつくり、挑戦してみたいと思った。
さて、今月の投句の季語は、紅葉、照葉、月、秋の蛇、新蕎麦、柿、通草、大根、銀杏、狐、落葉、黃落、枇杷の花、雪吊り、小春、冬耕、師走などと多彩だった。11月のこの地域は、秋晴に冠雪の立山を仰ぎ、紅葉に包まれた穏やかな山里となる。句会では、そんな自然の中の生活の句を皆で楽しむことができた。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を2句。
いつまでも夕日漂ふ小春かな
美しき栗鼠の歯形や一つ栗
康裕
<草紙39>「『前田普羅 季語別句集』を手にして」(富南辛夷句会便り)
10月9日に令和4年度『辛夷』年次俳句大会が富山市内の電気ビルで開催され、会場で辛夷百周年記念事業として編纂された『前田普羅 季語別句集』が発売された。手にされた富南辛夷句会の皆さんの感想は、片手にのるサイズで使い良さそう、月別に季語が組まれていて読みやすい、活字が読みやすい、手元において使いたいなど。いずれも、編纂のねらいどおりの感想で、編纂委員の私としても、とても嬉しかった。日頃の作句に活用していただきたい。
さて、今月の投句の季語は、芒、紅葉、コスモス、間引菜、新米、柿、朝顔、月、秋夜長、身に沁む、冬隣、鰯雲、美術展覧会、松手入れ、秋麗などと多彩だった。
句会の中で、近くの大学キャンパスの除草対策に導入された山羊の句が話題となった。地元紙紹介記事や大学ホームページによると、除草をすることで、清々しい空間を維持するだけでなく、病害虫や野生動物の侵入も防ぐことにつながるとのことだ。大学のSDGs推進サークルが除草量の測定を行い、除草効率を明らかにするとしているのは、いかにも大学キャンパスらしい。
来る文化の日には「公民館作品展」が開催され、句会の皆さんが出品する。句会後、それぞれ自分の秀句を色紙に墨書してきたものを額装した。当日は、秋晴に冠雪の立山を仰ぐ、爽やかで穏やかな一日であれと願っている。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を2句。
立山の雨にほごるる芒かな
コスモスの倒れて花を上げにけり
康裕
※解る(ほごる・ほぐる)
<草紙38>「茗荷 」(富南辛夷句会便り)
富山市の南東部(旧大山町)では、7月から9月にかけて茗荷が採れる。今も各家庭で栽培され、味噌汁の具材や薬味、味噌漬け、甘酢漬けなど、さまざまな料理に重宝されている。特に小佐波地区で採れる茗荷は、富山県を代表する伝統野菜だ。鮮やかなピンク色をしており、香りがよく、シャキシャキとした食感が特徴。この茗荷を使った伝統料理の茗荷寿しは、祭事の際のご馳走だ。炊きたてのご飯で作った酢飯に、茗荷と鱒のほぐし身を混ぜ合わせ、できたてを茶碗によそって食べる。その後、手軽に食べられる笹に包んだ押し寿しの『みょうが寿し』が生み出され、ハレの日以外にも食されている。
ところで、歳時記では、茗荷を季語としたものに「茗荷の子」「茗荷の花」がある。「茗荷の子」は地下茎から頭を出す赤紫色の花穂。その花穂が淡黄色の花をつけると「茗荷の花」。一般には「茗荷の子」のことを茗荷と呼んでいる。
さて、投句の季語は、台風、稲刈、秋刀魚、秋蚊、蟋蟀、虫、曼珠沙華、秋茗荷、花梨の実、落鮎、熊棚など。この中の「熊棚(熊の棚)」だが、「熊栗架を搔く(くまくりだなをかく)」の傍題で、「栗棚」「熊の栗棚」もある。熊が木に登り、一つところに坐って木の実を毟って食べた跡だ。その時の、熊が枝を折って敷き重ねた座布団のようなものを頭上に見るのは、興味深くもあるが怖く、危険だ。山中でないと見られない珍しいものだが、今年は、里山に足を踏み入れると、あちこちに見られるという。もう熊が近くまで来ている。今年の山の木の実の成り具合が心配だ。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を二句。
煮えあがる月の竈の茗荷汁
親子して一握りづつ花茗荷
康裕
<草紙37>「 蝉も熱中症か 」(富南辛夷句会便り)
例年8月は、みんみん蝉や法師蝉が声を限りにあちこちで鳴いていた。今年はどうだ。夕方に時折、蝉の声を聞いたが、まったく弱々しい。お盆に遊びにくる子供達のために揃えておいた捕虫網の出番もなかった。句作でも「蝉時雨」という季語を使わないで終わってしまった。新聞によれば、「セミも熱中症のようになって死んでしまうことがある」とのこと。そう言えば、汗を拭きつつ庭の木陰で休んでいた私にぶつかってきた蝉は、地に落ちて、それきり動かなかった。きっと熱中症だったのだろう。ちなみに、富山市の今年の最高気温37.5℃となった8/11のことだった。
さて、投句の季語は、夕立(スコール)、夏の雲、熱帯夜、金魚、心太、団扇、月見草、墓参(掃苔)、朝顔、虫の音など。その中で、墓掃除に熊避けの鈴を付けて行く句があり、山里の暮らしの様子が窺えた。また、スコールを季語とした句があった。スコールが去り、畑の様子を見に行くと、西瓜がいくつも、棒で叩かれたように裂けていた。仲間の畑も同じだったとのことだ。これは、旱の後の大雨で、水をたくさん吸い上げた果肉が急激に肥大し、果皮がそれに追いつけずに裂けたというのが理由らしい。さて、これを俳人の詩心がどう詠みこんだか、俳誌『辛夷』での発表を楽しみにしていただきたい。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を二句。
月見草萎れし門に帰省せり (普羅句集所収)
虫来ぬと合点して居る読書かな (普羅句集所収)
康裕
<草紙36>「 奏でる青田波 」(富南辛夷句会便り)
日に日に背丈を伸ばす青田を眺め、一句浮かぶのを待っていた。風が吹き、青田が揺れる。青田波だ。青田波は一見、不規則極まりないと思いきや、不規則の中に規則がある。一瞬ぴたりと静止したかと思うと、いきなり大きな揺れがあり、小さな揺れが続く。この時、私の頭の中でベートーベンの交響曲第9番第4楽章『歓喜の歌』が響き出した。何と青田が、『歓喜の歌』に符合して大きく揺れ、波打っているではないか。まるでそこに指揮者がいるかのように。そして再び、青田波はぴたりと止まる。私も大きく息を吸って、次の風の合図を待つ。青田波に、交響曲に、全身で浸る。
指揮者ゐるごとく青田は波打つて
さて、今回の投句の季語は、草取、端居、紫陽花、蛞蝓、夏の霧、梅雨、蟻、鶺鴒など。夫婦二人しての草取、端居に想う父のこと、夏霧に包まれた山小屋のギターの音、梅雨寒に売薬箱の香、いわゆる身辺足下を詠んだ句が印象的だった。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を二句。
奥能登や浦々かけて梅雨の瀧(『能登蒼し』所収)
ゆふべ見し人また端居して居たり(『焦鈴舎』所収)
康裕
<草紙35>「 主宰の教え『生活そのものが俳句』」(富南辛夷句会便り)
「富南辛夷句会の皆さんとお会いするのは、1年ぶりですが、ここに来るまでに出会った入道雲、栗の花が印象的でした。」と中坪主宰の挨拶をいただいて、句会が始まった。久しぶりに句会員が全員揃い、その投句全句に渡り、主宰から指導を受けた。主宰から「一日の生活そのものが俳句で、その一コマを切り取れば良い。俳句を作ろうと思って、構えると抽象的な言葉になってしまい、読み手には思いが伝わらなくなってしまうこと」、また「珍しいもの、綺麗なものを見ると、つい説明したくなり、季語の説明に終わってしまうこと」などの注意すべきポイントを教わった。
さて、投句の季語は、雪形、夏近し、蝮、昼寝覚、明易し、蛙、風薫る、汗、草むしりなど。中でも、裏山に入るのが日課めいた方の銀竜草、金蘭、青山椒の句や、登山が好きな方の牛嶽、山毛欅若葉を詠んだ句は、野趣溢れる句で印象的だった。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
啼き立てて暁近き蛙かな (『普羅句集下巻』 所収)
康裕
<草紙34>「山藤」(富南辛夷句会便り)
立山山麓集落は、5月の連休のころ、至る所に山藤が垂れる。句会活動拠点の上滝から常願寺川を遡る道筋には山藤が多い。中でも「岡田」集落入口にある大きな杉に、蔓を存分に伸ばして咲き誇る山藤は見事だ。集落の案内標識にも似た存在だ。この山藤を毎年楽しみにしていたのが、句会仲間の故山元飛鳥氏だ。
大杉の天辺どこもここも藤 飛 鳥
突然の逝去で残念なことであったが、今年も山藤は見事だったと伝えたい。この山藤が咲く頃、集落では、畑に種蒔きや野菜苗を植え付ける。最近では猿よけネットを張るのも大切な仕事だ。飛鳥氏の好きだった山里は、自然も人々も動き出すのである。
さて、5月の句会(5/27)だが、季語は、雀の子、木の根明く、たんぽぽ、雉、種蒔、山独活、囀、蛙、朝焼、冷奴、帰省など。特に、たんぽぽや雉の句が複数あった。いずれも休耕田であるが故の情景であり、詩情ばかりに浸れないものがあるが、休耕田に咲き溢れるたんぽぽや、休耕田を住み処とする雉の鳴き声にすっかり馴染んだ句など、明るい句だったのが嬉しかった。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
雉子鳴くや大いなる空明けんとす (古春亭句集所収)
康裕
<草紙33>「古本が好き」
『俳句文学全集 高浜虚子編』を開いている。奥付に著作者:高浜虚子 発行所:「第一書房」(昭和12年9月5日発行 予約価1円50銭)とある。いわゆる古本である。これは友人から譲ってもらったものだ。
この春は彼岸になっても肌寒い日が続いていたが、「元気ですか。俳句の本をいくつか送ろうと思って……」と、突然東京の友人から電話があった。驚く私に、彼は懐かしい声で「今、能生の家に来ているのだけれど、住所は富山のどこだっけ?」と続けた。「それでは、明日そっちに行く」と私は即答。翌日は、久しぶりに県境を越えて車を走らせた。彼は、骨董(古美術)収集が趣味。東京の自宅が収集品で手狭となり、糸魚川近くの能生に別荘を購入し、収集品を収納している。私を俳人として憶えていてくれて、骨董品収集に併せて俳句の本も収集してくれていたのが、嬉しい。
私は、自分でも数年前から通販で古本を購入するようになった。安価であり、なおかつ限定出版のため部数が少ない句集でも古本なら手に入れやすい。そして何より古本屋に出かけなくとも、二、三日後には手元に届く。一旦、この便利さを味わったら、読みたいと思った句集や俳句関係図書は、ついパソコンで購入してしまう。古本のシミやヤケ、匂いも気にならない。とにかく早く読みたいのだ。
では『俳句文学全集 高浜虚子編』の、今読んでいる5月の章から二句。
雨雲の下りては包む牡丹かな(大正7年)
人垣のどよみ撓むや荒神輿(大正12年)
康裕
<草紙32>「山独活」(富南辛夷句会便り)
今日の句会で会員の方から、「山独活」をいただいた。ご主人が山菜採りの達人のご様子。出席者全員、嬉しいお土産となった。山独活は、昔から食用、薬用ともに大いに活用されてきたが、それは、春先の若い内だけ。後は大きくなるだけで何の役にもたたないことから、「うどの大木」という不名誉な言い方がされてきた。子供の頃には「お前は、うどの大木じゃ」と、父によく叱られたものだ。天然の山独活は、独特の香気があり、アクの強いくせのある山菜だ。しかし、採りたては別。生のまま味噌をつけて食べると、アクもなく、甘くて、香りも良く最高だ。
さて、4月の句会(4/22)だが、季語は、つくしんぼ、早蕨、花菜、白木蓮、楤の芽、桜吹雪、雉、残雪、春の泥、風光る、蓬餅、フェーン吹くなど。確かな季節の移ろいを感じる。次回は「山独活」の句を期待したい。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
蕨採り雲に隠れて帰りこず (『春寒浅間山』所収)
康裕
<草紙31> 「2022年、私の花見」
さまざまの事思い出す桜かな 芭 蕉
まさをなる空より枝垂れ桜かな 高安風生
富山では4月1日の桜の開花宣言から晴天が続き、あっという間に満開となりました。そして10日の『辛夷』花見吟行会では見事な桜を堪能し、皆と句作を楽しむことができました。コロナ禍でやっと開催できた吟行会でしたので、ひとしお感慨深いものでした。
花見吟行会の会場は富山県中央植物園。園の「さくらまつり」と重なり、とても賑やかで、特に子供達の写真を撮っている若夫婦の姿が多く見られました。その子供達の姿は可愛らしいドレスや蝶ネクタイ、まるでおとぎの国の子供達かのように思われました。若いパパに聞くと「気合を入れて可愛い服を着せてみた」と楽しそうでした。さらに楽しそうだったのは友達と笑い合っている若い女性達。それぞれ華やかなパーティードレスを着こなし桜と写真撮影、楽しい花見の形もいろいろです。かたや、「車いすの母を連れて来た」と、年配の男性が桜をじっと眺めている姿もありました。園内周遊のバスから手を振る子供たちに手を振り返し、のどかな桜の風景を愛でながら、私は花の下に垣間見られた人生模様に心をそそられました。
さくら舞ふ空へと嬰(やや)を掲げたり ヒロ
また数日後、朝日町の舟川べりの「春の四重奏」を見に行きました。桜の満開の時期は過ぎていましたが、土手道は散った桜の花びらで、ピンク色に染まってきれいでした。花の散り敷く道を歩む、こんな花見もいいなと思いました。
そして今、我が家の庭では、八重桜が見頃を迎えています。
ヒ ロ
<草紙30> 「江ざらえ」(富南辛夷句会便り)
用水は、水田への灌漑(かんがい)という本来の利用にとどまらず、流雪用、消雪用、宅地排水用など地域の生活用水とも言える役割を持っている。この用水の機能維持のために「江ざらえ」がある。毎年春の雪解けを待ち、3月末から4月初旬に、用水の底にたまった土砂の除去や用水にはみ出している周辺の草の除去などを行っている。勢いよく流れ出した用水の水音は、確かな春の訪れと田起しの近いことを感じさせる。
私の集落の話で恐縮だが、ここ一、二年「江ざらえ」への参加率が向上し、女性の参加が増えてきた。以前は「用水は農業用だから、農家の人がやれば良い」と考える人が多かったように思われ、参加率が低かったように思う。最近の地球温暖化問題などから「環境」を考える一環として「江ざらえ」を捉えて参加者が増えてきたのだろう。
さて、3月の句会(3/25)だが、雪解、残雪、春の泥、啓蟄、蛇穴を出づ、囀、梅、山茱萸、蕗の薹、木の芽時、卒業、彼岸と春満載。印象的だったのは、「蛇穴を出づ」の句。聞けば、屋敷の大欅の根元に蛇の巣があり、のっそりと出てきた屋敷蛇が風を呼んだ句。屋敷蛇に対する作者の優しい眼差しが窺えた。俳誌『辛夷』掲載を楽しみにお待ちいただきたい。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
紫に鳶の影ゆき雪解風
康裕
<草紙29> 「大きな水車」(富南辛夷句会便り)
富山地方鉄道上滝線の大川寺駅近く、常西水神社の隣に大きな水車がある。常西合口用水のこの周辺は、四季折々に美しい。水車の羽根の色合いも、用水の護岸の石積みも、設計者の心配りにより、しっとりとした景観となっている。青空にほとばしる水の煌めきは見飽きることもなく、とりわけ満開の桜と北アルプスからの轟轟たる雪解水の組み合わせは格別だ。俳人の方々には、ぜひ詠みに来ていただきたいと思う。
また、この大きな水車はドイツ製で、小水力発電用として設置されたが、二酸化炭素削減のためのクリーンエネルギーとして環境学習に活用されている。そのため、迫力ある水車の全姿が露出し、その動きを観察できるようになっている。
さて、2月の句会(2/25)だが、雪搔、凍、日脚伸ぶ、除雪車、マスクなどの冬の季語と、白梅、春寒、春暁、春一番、春浅し、春泥、春の雪などの春の季語が混在していた。印象的だったのは、牛のお産の句。夜通し鳴きやまぬ雌牛、春の暁に産まれ、よろけつつも踏ん張り立ち、乳頭に吸いつく子牛など、この地区ならではの暮らしの句だった。また、コロナ禍のため、周辺に配慮して欠席される方がいた。早く収束してほしいものである。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
春雪のつもりてぬらす松のこぶ
康裕
<草紙28> 「雪中花」
雪中花は一般的には水仙、水仙花とも言い、ヒガンバナ科だと知り驚きました。ヒガンバナ科の植物は、葉や球根に毒があるので要注意だとか。それでも花の少ない時季に、椿の木の根方にそそと咲く様は可愛いものです。今年の正月は、玄関に南天と一緒に生けてみました。2月に入ってもまだ生き生きとして、良い香りを放っています。白い花びら6枚の中に、筒状の黄色の花冠は星が光っているようにも見え宇宙を連想させます。
吾を呼ぶ雪の中なる雪中花 ヒロ
昨年来の大雪に、庭の水仙はすっかり雪に埋もれてしまいました。しかし、ここぞと当てを付けて雪を掘っていくと、なんと野性的な匂いをわっと放って現れてくれました。雪折れにもびくともせずに、何本も花をつけていました。強い花だと思います。
水仙の大好きな私にぴったりの前田普羅の句を見つけて嬉しくなりました。
水仙の高く匂ひて凍ゆるむ 前田普羅
沍てゆるみ水仙どうと曲りけり 前田普羅
これから、雪解けと共に、野に山に水仙の香が満ち満ちて来る事でしょう。春が待たれます。 (花言葉) 白い水仙・・・神秘
ヒロ
<草紙27> 「町と猿」(富南辛夷句会便り)
週に2回は句会場の近くの上滝郵便局に出かける。投句ハガキの投函のほか、こまごまとした用事のためだ。その郵便局の隣に、いつも手入れの行き届いている野菜畑がある。郵便局のついでにこの畑の野菜の成長や実り具合を楽しみにしている。つい最近のことだが、畑に動くものがいた。猿だ。悪びれる訳でもなく、雪を掘り、取り残した根菜を食べている。雪の下で甘さを増した根菜は美味に違いない。郵便局は集配業務で結構な人の出入りがあるが、猿は怖れることもなく、郵便局員も猿を構わず、不思議な落ち着いた空気が漂っている。今日は、駅前通りをゆったりと横切る十数頭の群れに出会った。里の畑の美味を覚えた猿は手強い。春には猿避けネットをかけるのだろうかと勝手に気遣うこのごろだ。
さて、1月の句会(1/28)だが、季語は、雪搔、雪卸(雪下し)、息白し、極月、鍋焼、寒雀、冬鳥、手袋などの冬の季語に加えて、初詣、餅花、初日記などの新年の季語があった。この冬は大雪が2度もあったので旅吟の句はなかった。今回は、辛夷2月号に掲載の「学びのページ」の「作句上のポイント」を意識して推敲を行った。そのポイントは、①季語の説明にならないこと、②出来事などの報告にならないこと、③社会通念を述べないこと、④日常の中の一コマを具体的に描くことが肝要である、という4点だ。今回の句会は、推敲の拠り所を俳誌『辛夷』で目にすることができ、自分の句と重ねてみることで客観的な推敲ができたと思われる。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
雪卸し能登見ゆるまで上りけり(「普羅句集」所収)
康裕
<草紙26> 「大山文化会館の取り壊し」(富南辛夷句会便り)
「青春時代は夢なんて……」に始まる森田公一のピアノと歌が幕開けだった。大山文化会館での長女の成人式の景。この文化会館の取り壊しが始まった。設立以来、約40年間も大山町民の文化活動を支えてきた会館だ。町が富山市に合併後、身の丈にあった「コンパクトなまちづくり」の具体化として、修繕や維持費を考慮して2018年度末に閉館していた。この取り壊し跡地に、2023年の春、大山地域の公共施設を再編して多世代交流拠点となる新施設が誕生する。現在の大山行政サービスセンター、大山図書館、上滝公民館機能が入り、大山文化会館に替わる多目的ホールも整備されるとのこと。取り壊しの工事を目にして、寂しさと新しい施設で句会を行う楽しみが、相半ばしている。
さて、12月の句会だが、句材は日向ぼこ、クリスマス、山眠る、雪の立山、マスク、雪用意、冬の虹、冬キャベツなど。コロナ禍の落ち着きもあり近距離の旅吟の句が数句みられた。今回は、『辛夷(令和2年7月号)』掲載の「投句事前チェックリスト」のコピーを配布し、注意点を意識しつつの推敲を行った。自分で気づくのはなかなか難しいようであったが、句会で皆と確かめ合うことができ、良い機会となった。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
大いなる足音きいて山眠る(前田普羅 飛騨紬所収)
康裕

<草紙25> 「冬代田に雪の立山」(富南辛夷句会便り)
2年ほど前から、句会拠点の上滝公民館の周辺で11月から12月にかけて代掻きをする田んぼが大幅に増えた。時には、霙ふる中での代掻きも。聞くところによれば、冬期に代掻きし、しばらく湛水の後、水を落とし、来春に直播きするとのこと。「乾田直播農法」の一環という。従来の農作業を大きく変え、そこに住む村人の季節感をも変えるものだ。
その代田に雪の立山を見た。さて、一句をと思うが、季語をどうするか。農作業が変わりゆく時、新しい季語も現れてくるのだろう。
立山の映り全し冬代田 康裕
さて、句会だが、ようやく普段の句会に戻ってきたように思う。句材は、秋夕焼、秋の声、秋祭、茸飯、行く秋、冬支度、報恩講、冬の虹、山茶花、七五三などで、コロナ禍で家籠りや近くを散策する句が多かった。今回は、①季語の説明になっていないか、②報告になっていないか、③一般概論になっていないか、④作者が見えるか、を普段より意識して句会を進行。作者の推敲に参考となる意見や言葉がいつにも増して次々と出され、活発に句会を楽しんだ。
投句のあった季語に合わせて前田普羅の句を一句。
椎の木を離れてはげし秋の声(前田普羅 昭和21年作)
康裕
<草紙24> 「公園の石榴の思い出」
11月下旬、「汽車ポッポ公園の石榴は今どうなっている?」と心配しながら6人で見に行きました。石榴は健在で、拳大の球形が2個残っておりました。果皮が裂けて中の赤い実が見え、笑っているかのようでした。
思えば6月半ば、目にも鮮やかな朱色の花石榴を見てから、石榴の虜になりました。木の周りにはタコウインナーがいくつも転がり、これは一体何だろうと興味が沸きました。辛夷草子の<16>をご覧ください。とてもかわいいものでした。8月には小さな石榴が15個以上成りました。つややかな明るいオレンジ色の実で、徐々に大きくなり果皮が裂けるようになってきました。10月の石榴はずっしりと重みも増し、色も秋色となってきました。
ハロウィンの仮面のごとき石榴かな ヒロ
11月には、いつのまにか数が2個のみとなっていました。皆で欲しそうに眺めていると、露人ワシコフならぬ優男が石榴を打ち落したのです。
露人ワシコフ叫びて石榴打ち落とす 西東三鬼
石榴は無残にも割れてしまいましたが、石榴の粒々の実はまるでルビーのように光っていました。食べてみると、甘酸っぱく郷愁を帯びた味でした。この石榴の思い出は、きっと俳句人生に潤いを与えてくれるでしょう。
ヒロ

<草紙23> 「久しぶりの句会」(富南辛夷句会便り)
10月22日句会の事前投句が締切日(15日)までに半数しか到着しなかった。その理由はいくつか考えられる。コロナ禍で8月・9月の句会がなかったこと、会場の公民館の都合でいつもの開催週より1週間早まったこと、郵便の配達が翌々日になったことなどだ。普段のリズムが崩れると、思わぬことが起きるものだと焦った。
さて、無事に句会が開催され、句材は、長き夜、秋寂び、秋麗、秋時雨、秋の蚊、零余子、赤とんぼ、霧、芋などと多彩だった。外出自粛のためか身ほとりの句や近くを散策する句が多かったが、皆さんの声は明るかった。作者の推敲に参考となる意見や言葉が次々と出され、活発に句会を楽しんだ。俳句が「座の文芸」であることを実感し、満喫したことと思う。また、それぞれ自分の秀句を色紙に墨書してきたものを額装した。来る文化の日の「公民館作品展」に今年も出品するのだ。当日は、秋晴に冠雪の立山を仰ぐ、爽やかで穏やかな一日であれと願っている。
折しも、昨日(10月21日)立山に初雪が降った。この初雪を詠んだ名句がある。
立山に初雪降れり稲を刈る(前田普羅 大正14年作)
康裕
<草紙22> コスモス揺れて
自宅の花畑にコスモスが揺れている。背丈ほどの高さだ。数えたこともないが、500本はあるかもしれない。この時期は花野にいる気分だ。そもそも、こんなに増えたのは、娘が中学生の時に「花畑を広げて野花の種を蒔きたい」と言ったことに始まる。その頃、私は単身赴任をしていたが、両親は元気で、孫が言うならばと快諾。水遣りや手入れは、随分と力になってもらった。野花の全ては思い出せないが、コスモス、鶏頭、あかざ、薊、女郎花、なでしこ、ひなげしなどと多彩だった。正に花野だったのだ。
やがて、この花畑は嫁いだ娘の帰省時には、孫達の花摘み、かくれんぼなど、かっこうの遊び場となった。それから時がたち、今は規模縮小とともにだんだんと野花の種類も少なくなったが、コスモスは咲き競っている。色は赤紫、白、ピンク。今年は娘から貰った黄が加わった。娘は、子供が通っている学校の菜園ボランティアをしているので種を譲り受けたという。花野は続きそうだ。
コスモスや一人ひとりに風ありて
康裕
« 前へ 1 2 3 4 5 次へ »
