<草紙61>「『辛夷』創刊百周年記念特集号の反響 」(富南辛夷句会便り)
6月の句会は、『辛夷』創刊百周年記念大会を終えてなお、心にその余韻が残る中で、中坪主宰をお迎えしての句会となった。主宰は、感謝の言葉に続けて、「記念特集号は、同人・誌友の方々だけでなく、報道機関、他結社の方々、そして物故会員のお孫さんからも購入いただき、その反響の大きさに改めて嬉しく思いました。また、皆さんから、辛夷社百年の略年表は俳句文芸史とも言えること、30年以上継続して出句された23名のプラチナ会員の方々の写真や句に「継続は力なり」ということを実感したこと、在りし日の祖母の写真や句を見て懐かしく思ったことなどの感想を数多くいただき、心打たれるものがありました」と、お話をしてくださった。
さらに、作句の心がけとして、①上手い句を作ろうと思わないこと、②自分の美意識・価値観を信じて詠んでほしいこと、③日常の暮らし、仕事、趣味などの自分の身辺足下を詠んでほしいこと、と3つの大事なことをお話くださった。
句会では、更衣、豌豆、苺、柿若葉、夏落葉、軒忍、蟻、風薫る、紫陽花、祭、短夜、などの夏の季語の句が並んだ。主宰はこれらの全句を一つ一つ丁寧に添削指導してくださり、感動に満ちた充実した句会となった。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
月出でんとす花豌豆の匂ひけり
豊なる堆肥にゆるる祭の灯
豪雨うつて去りたる柿の若葉かな
康裕
<草紙60>「常願寺川豊水橋」(富南辛夷句会便り)
北アルプスの「北ノ俣岳(標高2661m)」に発し、富山湾までの56kmを一気に下る急流の常願寺川は「日本一の暴れ川」と呼ばれ、度重なる氾濫の歴史が刻まれている。古来より、その氾濫防止のための知恵と技術を結集してきた堤防等の構造物は、今もなおアップデートを繰り返している。その一つ、「豊水橋(ほうすいはし)」と呼ばれている左岸連絡水路橋はアーチのデザインが美しく山々の景観に溶け込んでいる。
現在の常願寺川は、農業用水としても利用され、山を下りてきたところにある「頭首工」で取水される。その水は右岸を進むが、すぐに左岸へも流れるように左岸連絡水路橋が設けられている。この水路橋が「豊水橋」であり、氾濫に苦しんできた人々が豊作を願ってそう呼んできたことがよくわかる。
この橋から見る景はすばらしい。上流を見上げれば、群生する茱萸の木を近景に、遠く残雪の薬師岳が映える。下流に向けば、遥か富山湾へと続く川の流れを見遣ることが出来る。この季節は薫風が心地よい。ゆっくり散策できるので、句作におすすめだ。
さて、句会だが、草刈、麦の秋、栗の花、郭公、風薫る、夕焼などの夏の句が多くなってきた。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
鯖寄るやあけくれ黄ばむ能登の麦
むせかへる花栗の香を蝶くぐる
閑古鳥昨日の楡に来て居たり
康裕
<草紙59>「楤の芽」(富南辛夷句会便り)
4月に入るといつも次の句が浮かんでくる。
楤の芽のニの芽と知りて摘み残す 山元重男
作者は、この「富南辛夷句会」を平成20年に立ち上げ、平成26年に急逝された方である。山野に自生する楤の木の芽の採取は、頂芽のみが対象で、二の芽、三の芽の側芽は摘まないのがマナーとされる。おいしい「楤の芽」なので、二の芽も摘みたくなる誘惑にかられるのだが、そこはしっかりと摘み残し、山里に住み自然を愛した重男さんらしい句である。私も毎年、楤の芽採りに出かけていたが、熊や猪の出没が度重なるようになってきたので畑に楤の木を2本植えた。今は5、6本に増え、その芽を肴に友人と酌み交わすのを楽しみにしている。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
珠洲の海かぎろひ燕ひるがへる
蔓かけて共に芽ぐみぬ山桜
柊の一枝ゆるがし囀れり
康裕
<草紙58>「『辛夷』創刊百周年記念号を手にして 」(富南辛夷句会便り)
今日(3月29日)の句会では、届いたばかりの「『辛夷』創刊百周年記念号」を手にして、その感想を皆さんからいただいた。100年の歴史の重みと、その一員である誇り、そして特に皆さんの注目を集めたのは、『辛夷』プラチナ会員紹介のページだ。プラチナ会員は、30年以上在籍かつ継続出句者である。その23名の方々の顔写真や代表句が掲載されている。句会の皆さんは、「30年以上投句を継続されていることに敬意を払います。この記事を励みとして投句を継続したいと思います。」と自身の齢や気力・体力を思いつつ、大いなる希望と決意を持たれたようである。今日の句会では、それぞれの感想を話し、聞いて、相互に「響き合う」ものがあったように思う。記念号なればこそだ。嬉しい限りである。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
弥陀ヶ原漾(ただよ)ふばかり春の雪
雛の日に二夜おくれて望の月
大空に春の月あり樹々の影
康裕
<草紙57>「 雪雫 」(富南辛夷句会便り)
雪を被いた木々の枝先や葉先から雫が落ちる、雪雫だ。小鳥たちが雪雫の光る枝々を飛び交い、庭がはなやぐ。私は、椿や松の雪雫が好きだ。椿の枝先で少しずつ膨らんでいく水玉は、氷のように透きとおり、水色にも見える。そして、その雫は葉に、石に弾み、春の到来を喜ぶ童の声のようにも聞こえる。一方、松の雫は静かだ。松の細い葉先に宿った本当に小さな水玉のきらめきは、星のようにも見える。いよいよ春だ。
さて、今月の句会は、アイゼン、正月、豆撒、梅、薄氷、春、春寒、雪解雫、春一番、野遊と、冬と春が混ざり合っていた。次の句会は、3月29日だが、発刊の時を迎えた『辛夷』創刊百周年記念号を手にして盛り上がることだろう。待ち遠しい。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
大空に弥陀ヶ原あり春曇
梅白く藪にかくるる隣かな
春寒し人熊笹の中を行く
康裕
<草紙56>「 能登半島地震 」(富南辛夷句会便り)
これまでに経験のない地震の揺れに驚いた。元日の夕方、孫たちと富山市内の玩具店に小物を買いに出かけていた時のこと。ぶらりと店内を回っていると、突然、足元が揺れ、壁が揺れ、陳列棚が波を打つように見えた。ともかく、孫たちと駐車場へ。そこへスマホが鳴り響いた。「緊急地震速報 石川県能登半島に地震」。自宅と連絡を取り、帰宅。能登では震度7、富山も震度5強の大地震。これがその時のあらましだ。刻々と、石川・富山の両県にわたる被害状況が報道され、その地に住む知人を思い、かつて訪れた美しい能登の惨状に心が痛む。
今月の新年の句会は、顔を合わせば先ず互いの無事を確かめる言葉から始まった。投句は、やはり能登半島地震の句だ。夕食の準備をしていた方、町で買い物中の方、思わず幼子を抱きしめた方、ともかくと避難された方、急ぎ支援活動に携わられた方々の句だ。これらの句は、俳人の生活の記録として、そして復旧・復興への祈りとして、俳誌『辛夷』に残っていくだろう。普羅の愛した能登の自然と人々への思いを込めて。
康裕
<草紙55>「 柿を捥ぐ」(富南辛夷句会便り)
我が家の柿の木は、今が捥ぎごろだ。「柿日和」とも言える底抜けの青空に竿を突く。狙い目の柿を見つめていると空の青が濃くなり、藍色にも似てきた。今年は、柿の生り年にあたることにもよるが、昨年大きく下ろした枝に小枝が育ったこともあって、実をたくさんつけている。4、5個ついている小枝もある。熊よけ対策として「柿捥ぎ」が呼びかけられているので、せっせと捥ぐことにしよう。
天蓋の柿をくぐりて猫車(ねこ)を押す 康裕
薬師岳超す天辺の柿もぎにけり 康裕
さて、今月の投句の中で、目を引いたのは、冬の山道で見た、朴の冬木を蔓が締めつけている景や藤の実が枯れきって弾じけそうな景を詠んだ句だ。山を詠むのはなかなか難しいが、山での身近な気づきを掬い取った句は、読者を惹きつける。ここでは、投句を紹介できないので俳誌「辛夷」に載るのをお待ちいただきたい。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より2句。
舌端にやがて温まる柿の種
真榊の濃緑燃ゆる冬の山
康裕
<草紙54>「 雪吊・雪囲 」(富南辛夷句会便り)
10月8日、立山は初冠雪を迎えた。雪は日ごとに山を下りてくる。追われるように里では庭木の雪吊・雪囲が始まる。私はこの時期が好きだ。庭木の幹を撫で、枝折れの詫びを言い、冬芽をいとおしみ、庭木と語らうことができるからだ。
青竹や支柱を組み、荒縄で結んでゆく作業もまた楽しい。一番楽しいのは、満天星の生垣の表と裏を青竹で挟み、荒縄でしばる時。満天星の小さな紅葉たちを手にした感覚が優しい。二つ目は、冠雪の立山を仰ぎつつ、脚立から青空へ荒縄を打つ時。爽快なこと極まりない。三つ目は、荒縄が初時雨の明るい雨に濡れた時。埃ぽかった荒縄が、水と光を得て輝き出し、荒縄を引けば、命を得たようにするすると、巻かれてあった場所から伸びて来るようにも感じられる。
石楠花の冬芽やんはり縄かけて 康裕
初しぐれ巻を離るる縄光る 康裕
さて、今月の投句の中で、目をひいた句材は、トラクターとセニアカーの組み合わせ、赤とんぼと農機具修理の取り合わせだ。トラクターとセニアカーが並び置かれた秋の車庫からは、秋耕に忙しい農家の様子や、セニアカーを必要としている家族の暮らしが見える。冬にはトラクターが除雪機として活躍するのだろう。また、赤とんぼの飛び交う穏やかな日に農機具の点検や修理に精を出す農家の暮らしが見える。その土地の、その暮らしぶりを句に詠みこんでいけるのは、俳句の醍醐味だと思う。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より2句。
時雨るるや渕瀬変らぬ黒部川
月山に向けばつめたし刈田径
康裕
<草紙53>「爽やか 」(富南辛夷句会便り)
10月、中坪主宰を迎えての句会だ。「自宅を出発してからずっと、青く澄み切った空と、冠雪の雄山や薬師岳を見ることができました。爽やかとはこのことを言うのでしょう。」と主宰からの挨拶をいただき、句会が始まった。作者の作句背景の説明をもとに、主宰より
①言葉はより具体的なものに置き替える。
②重複感のある言葉を削る。
③語順を入れ替えてリズムを整える。
④屋内に居る時の季語を考える。
⑤動物、植物の擬人化は句をまとめ易いが効果は期待したほどで ないものが多い。
などの指導をいただいた。各自の投句に添った指導なので皆、納得顔だ。句会を終えての皆の笑顔が爽やかだった。
句材は、秋服と探し物、ゴーカートと能登の秋、秋祭と吹奏楽、夫の襟足、部活と秋夕焼、柿と子猿、竿のたわみと露、山風と蕎麦の花、籾殻焼くなどで、各自の「生活と季節との取り合わせ」の広がりを感じた。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
しんしんと枇杷の照葉のてりかへし
朝露の流るる草を廻りけり
立山の雨にほごるる芒かな
康裕
<草紙52>「 夜明け 」(富南辛夷句会便り)
「さあ、来るぞ」太陽はまだ大日岳に隠れているが、徐々にその光を強くして、雲を茜色に染め上げていく。その夜明けの見事さは、毎日、違う。その日、その日の出会いなのだ。そして、大日岳の左肩に朝日が顔を出すやいなや、稲田に、刈田に、射るような光が走る。その神々しさに思わず「おう」と息を呑む。そして朝の光が満ち満ちて、ようやくあたりが落ち着き始めると、山に向かって思い切り深呼吸をして、身体をほぐす。
私の住まいから見ると、日の出は、東に向かって立つ私の左手方向、つまり北の端の毛勝山から剱岳、大日岳、雄山、そして南端となる薬師岳の山々の連なりからやって来る。私は1年じゅう最高に贅沢な時を過ごすことが出来るのだ。※「秋の夜明け」の写真は、「四季だより・秋」掲載
さて、句会では、極暑を詠んだ句は、まだ見られるものの秋の雲、秋風、稲、刈田、虫、松虫、秋の蝶などの句が多くなり、着実な秋の訪れが感じられた。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
昼となく夜となく虫の来る障子
ひるがへる力も見ゆる秋の蝶
野の人の声を押し来る秋の風
康裕
<草紙51>「 前田普羅 と 牧野富太郎博士 」
もうすぐNHKの連続テレビ小説「らんまん」が最終回を迎えます。私は、ある時から主人公の万太郎が植物に話しかける眼差しや言葉に、前田普羅の姿を重ねて見るようになりました。と言うのは、万太郎のモデルである牧野富太郎博士との交流を、普羅が心から喜んでいた述懐を読んだからです。その交流から詠まれた句からも、普羅の植物への眼差しが感じられるようになりました。
以下にそれを紹介します。普羅が自身の句とその背景や思いなどを綴った『渓谷を出づる人の言葉』から引用しますが、現代の表記に直して紹介します。
葛の葉や飜るとき音もなし
俳句に関係の深い植物だけでも、実際に研究しておいたら、と久内清孝氏が言われたので、ちょうど萩の真っ盛り、先ず萩だけでも調べてみようと、久内氏に従い胴乱をかついで野外に出て、同氏の指揮で植物を見始めたのは、自分が植物に対する関心の糸口であった。萩の種類は多かった。萩の種類の多い事よりも、萩を求めるために草木を分けて歩く間に見た、あらゆる植物の形態美は、どんなに自分を搏(う)った事だろう。自分は野外採集の最初の日において、萩ばかりじゃない、凡ての植物を打ち眺めようと決心した。歴史の古い、また創立理由の最も美しい横浜植物会例月の野外採集に出ては、理学博士牧野富太郎先生をはじめ、その門下の若い沢山の自然科学者に接する事が出来た。牧野先生に直接に指導して頂く外にこれらの若い自然科学者の日常の研究を知り、また久内氏からその師牧野博士の近況や研究を聞く事は自分を喜ばせた。殊に世界的科学者にして一面また飄々たる自然人の風格を有する牧野先生に近接する事は、月に一回の野外採集をどんなに待ち遠しがらせた事であろう。
農林省に居られる農学博士桑名伊之吉先生も、植物の研究は君の俳句に新天地を拓くだろう、と喜んで下さった一人であった。
かくて横浜郊外の山谷は久内氏に引きずられて歩きつくした。葛の大葉は秋の山谷をつつんでいて、風にひるがえるとき、その特有の白色の裏を見せてくれた。
このように普羅と牧野博士とのつながりを思いながら、「葛の葉や」の句を読みなおすと、より深く句を味わうことが出来ました。また、「普羅の風狂は、粋で学究的であった」とする中坪主宰の言葉にもつながっていることがわかりました。
美沙
<草紙50>「 朝顔も熱中症か 」(富南辛夷句会便り)
生垣に這わせた朝顔が、突然つぎつぎと枯れ始めた。水遣りをかかさなかったのだが、いよいよ花が咲くぞという時になって葉が萎れてきた。例年であれば夕方に水を遣れば、翌朝には元気な葉を見せてくれたものだが、今年はまったく回復しない。ネットで調べると午後の日射しと西日が強すぎたようだ。そこで、かろうじて残っている朝顔のために、午後には葭簀をかけてやっている。何とかこの猛暑を乗り切ってほしいものだ。私の見解では、朝顔も熱中症なのだ。昨年の夏には蝉も熱中症になるということに驚いていたが、皆、この暑さには参っている。ちなみに、富山市の猛暑日観測日数は、23日で過去最多とのことだ。(8月22日現在)
さて、8月の句会でも、溽暑、極暑など気温を直に詠み込んだ句が複数見られ、作者の猛暑への驚きといらだちが表れていた。が、新涼、鳳仙花、玉蜀黍、薄などの句に着実な秋の訪れも感じられた。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
西空にうつるものなき大暑かな
踊り子の踏めば玉吐く沢清水
忘られて尚さかりなり鳳仙花
康裕
<草紙49>「 宿坊の草花 」(富南辛夷句会便り)
立山山麓の芦峅寺にある宿坊「教算坊」を訪れた。芦峅寺には立山禅定の修験者や行者のための宿坊が多く並んでいたが、現在、芦峅寺に残された宿坊は二つ。そのうちの一つが「教算坊」であり、江戸時代後期の創建と考えられている。今は立山博物館の一施設として自由に見学できる。大きな立山杉の木立をはじめ苔や山野草の美しい庭園を散策したり、すぐ近くの雄山神社から流れ来る清浄な気を総身に感じたりできる魅力的な宿坊だ。
私の目に飛び込んできたのは、池の辺にかすかに揺れている撫子、独活の花、花ぎぼしなどの草花だった。中でも殆ど見ることがなくなった撫子をじっくり見ることができたのが嬉しい。これらの花を見ると子供のころ、この宿坊から近い母の里に泊まりこみ、夏休みを過ごしたことを思い出す。
宿坊のなでしこ揺るる静寂かな 康裕 ※撫子の写真は、「四季だより・秋」掲載
さて、句会だが、この夏は荒梅雨や線状降水帯による被害が伝えられており、「出水」の句が詠まれていたのが印象的だった。そのほかに、星祭、夏座敷、レース、冷素麺、ビールなど、いよいよ夏本番を楽しむ生活の句が多かった。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
雷の遠ざかり行く石明り
夕立のにごり一すぢ神通峡
箱の如き庭下駄のあり夏座敷
康裕
<草紙48>「身近な草花を調べ、詠む」(富南辛夷句会便り)
私は、NHKの朝ドラ「らんまん」の主人公槙野万太郎の植物へのひたむきさに元気をもらい、名前を知らない庭の草花を調べることにした。その手始めに庭に咲いていた花の写真を撮り、調べ方を草花に明るい友人に聞いた。するとスマホの植物図鑑アプリで検索してくれて「銀盃草」であることが分かった。父母から名前を聞いていたようにも思うが、すっかり忘れていた。というより、毎年咲いていても少しも気にも留めていなかったのだ。万太郎のように、どんな草花にも心を寄せる自分でありたいと反省し、花たちに申し訳ない気持ちになった。「銀盃草」は夏の季語。庭に這うように広がっている葉の緑の中に、清楚な白い花が、涼しさを漂わせている。
私には、もう一つ決めたことがある。名前が分かった草花を俳句に詠むことだ。早速「銀盃草」の一句。
銀盃草あめ玉くばる母のゐて(回想) ※銀盃草の写真は、「四季だより・夏」掲載
さて、今月の投句の季語は、麦の秋、梅雨、青田風、短夜、夏の雨、結葉、山毛欅若葉、青山椒、銀盃草、金魚、百足、蛍、蟻、閑古鳥、ビール、梅酒などで、すっかり夏だ。句会では、歳時記に例句の少ない季語に挑戦する流れが生まれている。今月は「結葉(むすびば)」、「銀盃草」だ。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
佐渡人の菜種油(なたね)の灯かや夏の雨
海鳴つて蛍は草に沈みけり
閑古鳥昨日の楡に来て居たり
※梅雨の句は、「前田普羅のページ・普羅33」掲載
康裕
<草紙47>「新会館に主宰を迎えて」(富南辛夷句会便り)
5月、新会館に初めて中坪主宰をお迎えした。「新会館は大日岳・剱岳がどんと見渡せるのが良いですね」と、主宰も青空にくっきりと現れた山容を楽しまれた。今月は、久しぶりに全員揃った句会となり、山笑ふ、春嵐、春愁、独活、君子欄、藤の花、などの春の季語に続き、穀雨、麦の秋、新緑、若葉、風薫る、石楠花、さつき、蛙、山女、朴の花、筍などの初夏の季語の句が並んだ。これらの全句を主宰は丁寧に添削指導してくださった。
中でも、①屋内に居る時の季語を考えること(時候の季語の活用も)、②歳時記に掲載されていない花も季語として考えてよいこと、③節気を詠み込んだ句を積極的に、などの指導を受けると深く頷いて納得する姿が幾度も見られた。これまでも、時候や節気の季語の使い方、歳時記に掲載のない花は季語になるのか、などは句会でたびたび話題になっていたからである。そして、終了時には、誰もが爽やかな笑顔で、次の主宰との句会を楽しみにしているようだった。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
藤浪に雨かぜの夜の匂ひけり
若葉して人に触るるや毒卯木
笋(たけのこ)の二つ揃へる夜明けかな
康裕
<草紙46>「立山を望む新会館での句会」(富南辛夷句会便り)
4月、いよいよ新会館での句会だ。この新会館は、1階が行政サービスセンター、2階が図書館・公民館(研修室)、テラスからは大日岳・剱岳を中央に立山連峰が見渡せる。会館の周囲は葉桜となり、新緑がまぶしい。裏手の崖は、間もなく山藤で彩られる。この自然と一体となった研修室での初句会は心弾むものがあった。さらに嬉しいのは、図書館の書架に『四君子』(中坪主宰共著)、『四季立山下』(山元白樺)、『立山ヶ根』(中川岩魚)、『新緑や歳時記を手に初投句』(山元重男)、『春星』(山元誠)などの辛夷先輩諸氏の句集が並べられ、自由に閲覧できることだ。先輩の声が聞こえる。
さて、今月の投句の季語は、春まけて、春風、雪解、彼岸、春分、卒業、椿、花、木瓜の花、辛夷、菜の花、雉などで春をしっかりと詠んでいた。句会では、歳時記に例句の少ない季語に挑戦されている方がいる。今月は「春まけて」だ。このような挑戦は、ものを見る目が自ずと変わり、新たな発見につながるものと思う。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
苔に伏し地に伏し椿ちりにけり
勝興寺花に明けゆく鐘をつく
畑打が残せば花菜散るばかり
康裕
<草紙45>「福井への旅」(富南辛夷句会便り)
3月初旬、福井へ向かって呉羽山を列車で通り抜けた。久しぶりに見る車窓からの田畑は殆ど枯れ色だが、点在する麦畑が青々とまぶしかった。この旅は、昨年9月に発刊した『前田普羅 季語別句集』の編集用入力プログラムを作成してくれた友人に会うためだ。コロナ禍でもあり、友人とはなかなか会うこともできなかったが、メールでサポートしてくれた。嬉しく有り難かった。この季語別句集が完成して、真っ先に手渡すと、「お疲れさまでした。季語入力を手伝って、自分も勉強になりました。」と言葉をもらった。発刊までの4年の歳月が思い出され、とても嬉しかった。居酒屋で喜びを分かち合った乾杯のビールは殊のほか美味かった。
さて、今月の投句の季語は、3月に入り好天気が続いたこともあって、春暁、春寒、春めく、暖か、雪解、雪崩、春の風、梅、薄氷、雛祭、鞦韆(しゅうせん)などの春の季語が殆どだった。中でも、コロナ禍の落ち着きを反映してか、春の旅、春の山行きの句が見られたのが嬉しい。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
ふらここを掛けて遊ぶや神の森
紫に鳶の影ゆき雪解風
四方の山雪崩のあとを天辺より
康裕
<草紙44>「待ち遠しい新会館での句会」(富南辛夷句会便り)
この3月に句会拠点の上滝公民館が、多世代交流拠点となる新施設「富山市立大山会館」へ移転する。2月末竣工ということで、舗装や植え込み用の整地のため、重機、舗装ローラがきびきびと動いていた。若いころ、施設建設に関わっていたので、日に日に建物が形を成していくのを眺めるのが好きだ。
この新会館は、段丘崖を背にして白とダークグレーのモノトーンのすっきりとした外観だ。屋上から立山連峰を見渡せるように、外階段からも屋上に行ける。句会はいつからできるのか、上滝公民館の方に聞いたところ、3月に移転し、4月の第2週からできるとのこと。桜の満開のころだ。屋上へ行って立山連峰を見渡し、句を詠もう。待ち遠しいことだ。
さて、今月の投句の季語は、1月下旬に大寒波が襲来したこともあって、雪、吹雪、暖炉、冬木立、氷柱などの冬の季語が半数近く見られたが、立春、建国記念の日、春めく、雪解、春の風、蕗の薹、梅、雪間草、薄氷、雛祭などの春の季語も多くなってきた。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
オリオンの真下春立つ雪の宿
雪解して二川落ち合ふ夕日かげ
菓子を切る庖丁来たり雛の前
康裕
<草紙43>「初スキー」(富南辛夷句会便り)
年末年始に帰省する子供一家の正月行事の目玉はスキーだ。今年も車で30分程度の立山山麓スキー場の一つ、極楽坂スキー場へ向かった。
このスキー場の醍醐味は何と言っても、冬晴れの山頂からの眺めだ。富山平野と富山湾を一望する景は雄大だ。その景に向かって一気に滑り降りる。爽快そのものだ。が、今年私は数え80才となり、大事をとって比較的斜度のゆるい林を抜けるコースを選んだ。家族の若い者たちは、好みのコブや斜面へ向かってスキーを蹴り出して行った。私は残念で少し悔しかったが、青空と雪を被った木立の美しさを味わいながら、休み休み滑るのもよいものだと思うことができた。
思い出の句 湾めがけ孫と飛び出す初スキー
今年の句 初スキー転べば孫ら駆けつけて
さて、今月の投句の季語は、お正月、初春、初詣、宝船、初日記、日記買ふ、年賀状、雑煮、節料理などの新年の季語が多く、続いて、寒九、寒波、寒餅などの寒に関わる季語が多かった。句材として「霊峰」、「立山より流るる水」、「立山茜」と立山を詠み込んだ句が数句あった。立山がいつも崇められ、暮らしに溶けこんでいる句が多いのは富南辛夷句会の特徴の一つと言えよう。
投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より3句。
大雪となりて今日よりお正月
寒餅をならべし部屋に予習の子
雪の夜や家をあふるる童声
康裕
<草紙42>「 月兎耳(つきとじ)」
4~5年前、堀川地区センターの方から「花は見たことがないけれど面白い多肉植物よ」とポットに入れた2葉の葉挿しの「ツキトジ」をいただきました。その後、あまり気にも留めずにいたのですが、今年に入り、1月5日の北日本新聞に干支「うさぎ」にちなんだ植物を紹介する記事があり、葉の形がウサギの耳のようだという「月兎耳(つきとじ)」が載っていました。「我が家の『ツキトジ』は『月兎耳』なの?」と思いましたが、新聞の写真ではよくわからなかったので、早速、県中央植物園へ。すると、我が家のツキトジと同じ植物でした。漢字で書くとなんて素敵なのでしょう。「月の兎の耳」だったとは驚きです。
今では30葉となり、丈は約20cm。「月兎耳」と思ってよく見ると、なるほど葉は兎の耳のようにモフモフとして、葉先には朱色の点々が並び、縁飾りをしたようで面白いのです。この植物は別名「ウサギの耳」ですが、「月」を付けて「月兎耳」と名付けた方の思いやお人柄を想像しながら、かわいらしい葉を撫でて癒されています。また、その姿は、まるで兎がダンスをしているようで、眺めていると楽しくなって来ます。そして何より、今年の卯年に合わせたかのように、私に「月兎耳ですよ」と教えてくれたようで、とても嬉しい年の始まりとなりました。 花言葉……「おおらかな愛」
月兎耳のうさぎのダンス今朝の春 ヒロ
月兎耳の朱の耳飾り女正月 ヒロ
ヒロ
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