辛夷草紙<54>(令和5年11月)

<草紙54>「 雪吊・雪囲 」(富南辛夷句会便り)

 10月8日、立山は初冠雪を迎えた。雪は日ごとに山を下りてくる。追われるように里では庭木の雪吊・雪囲が始まる。私はこの時期が好きだ。庭木の幹を撫で、枝折れの詫びを言い、冬芽をいとおしみ、庭木と語らうことができるからだ。

 青竹や支柱を組み、荒縄で結んでゆく作業もまた楽しい。一番楽しいのは、満天星の生垣の表と裏を青竹で挟み、荒縄でしばる時。満天星の小さな紅葉たちを手にした感覚が優しい。二つ目は、冠雪の立山を仰ぎつつ、脚立から青空へ荒縄を打つ時。爽快なこと極まりない。三つ目は、荒縄が初時雨の明るい雨に濡れた時。埃ぽかった荒縄が、水と光を得て輝き出し、荒縄を引けば、命を得たようにするすると、巻かれてあった場所から伸びて来るようにも感じられる。

  石楠花の冬芽やんはり縄かけて  康裕 

  初しぐれ巻を離るる縄光る    康裕

 さて、今月の投句の中で、目をひいた句材は、トラクターとセニアカーの組み合わせ、赤とんぼと農機具修理の取り合わせだ。トラクターとセニアカーが並び置かれた秋の車庫からは、秋耕に忙しい農家の様子や、セニアカーを必要としている家族の暮らしが見える。冬にはトラクターが除雪機として活躍するのだろう。また、赤とんぼの飛び交う穏やかな日に農機具の点検や修理に精を出す農家の暮らしが見える。その土地の、その暮らしぶりを句に詠みこんでいけるのは、俳句の醍醐味だと思う。

 投句のあった季語に合わせて『前田普羅 季語別句集』より2句。

  時雨るるや渕瀬変らぬ黒部川

  月山に向けばつめたし刈田径

                             康裕