辛夷句抄(令和3年2月号)

五岳集句抄

   
老犬の歩みを止めし散紅葉今 村 良 靖
木犀の香の暮れ残る勅使門但 田 長 穂
風鐸に山の声聞くとろろ汁藤   美 紀
帝劇をはとバス過る憂国忌野 中 多佳子
冬帽子星空近き駅に着く荒 田 眞智子
榛の木の陰借る野良のひとしぐれ秋 葉 晴 耕
菊を焚く女まなじり光りをり浅 野 義 信

青嶺集句抄

 
雪螢こゑかけられて見失ふ青 木 久仁女
検番に覚えある声冬牡丹太 田 硯 星
豊饒の大地も山も眠りけり山 元   誠
野菊晴外湯の底の石ゆらぐ成 重 佐伊子
神留守の天井に古る紙の雲菅 野 桂 子
星物語凍て星ひとつづつつなぎ脇 坂 琉美子
初雪や蒲鉾赤く氷見うどん明 官 雅 子
晴れし日も何処か濡れゐて冬菜畑二 俣 れい子

高林集句抄

野面積み攀(よ)づる蟷螂未だ枯れず野 村 邦 翠

  主宰鑑賞 
 戦国時代の城の石垣で親しい野面積みは、最小限の加工をしながら自然の石を積む。江戸期以降の隙間のない石垣とは雲泥の差の荒々しさ。そこを浮き沈みしつつ攀じ登るカマキリを見逃さない邦翠さんの眼差しを思う。枯蟷螂は冬季だが「未だ枯れず」との驚き。枯れずに石垣に挑む蟷螂、冬への移ろいを拒むかのような懸命さ。登り切って何処へ行くか。

水鳥の水に日溜りありにけり新 村 美那子

  主宰鑑賞 
 水鳥といえば路通の「鳥どもも寝入つてゐるか余吾の海」が浮かぶ。曇り空の波の上に寝る鳥の姿であり、浮寝鳥の傍題がある所以である。そんな水鳥の本意を「水鳥の水」で踏まえながらも「日溜りありにけり」と転ずる痛快さがある。小刻みに畳み掛けるような調べも細かに立つ波を思わせる。
  

衆山皆響句抄

退屈の果てに煮上ぐるおでんかな猪 羽 希美子

  主宰鑑賞
 一読、微苦笑を禁じ得ない「退屈の果てに煮上ぐる」の表現である。おでんは煮込み時間が大事、煮込み不足は興醒め。「退屈の果てに」とはどのくらいの時間か。煮込みならぬ「煮上ぐる」とあって味が十分にしみている。一般的には煮込み過ぎになりがちなのだが、ここではどうであろう。何と言っても「退屈の果て」という隠し味が威力を発揮していそう。

 
枝打の鳥来る枝を残しをり山 腰 美佐子
味噌豆煮る順番の鍋運び入れ武 内   稔
ひつそりと過ごすつもりの年用意 小 林 朝 子
木枯の雨戸に犬も起きてをり勝 守 征 夫
すずかけの枯葉舞ふ音沈む音柳 川 ひとみ
脳内に「第九」流れて冬ごもり粟 田 房 穂
雪掻を枷とはせざる飯旨し五十嵐 ゆみ子
大枯葉もまた坂道を急ぎけり山 森 利 平
侘助は物言ふ如く此方(こちら)向き北 川 直 子
物音も言葉もなくて葛湯吹く長谷川 静 子
適当なチラシを選りて蜜柑むく大 野 恭 佳
栗売りの声高らかに石畳(巴里) 中 島 兎 女
冬眠のもの共々に山を買ふ八 田 幸 子
ペンションと紛ふ小春のケアハウス平 木 美枝子
はしご差し色変へぬ松見上げをり 水 上 美 之
頂上へ腰ひくくしてみかん狩神 田 雅 子
薪くべて猫と寝ころぶ除雪終へ坪 田 むつ子

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