辛夷句抄(令和4年4月号)

五岳集句抄

凍て滝に挑む男の赤ヤッケ今 村 良 靖
木々芽吹く神事行ふ巫女の列藤   美 紀
華やぎて海に消えゆく春の雪野 中 多佳子
年忘れダンスフロアの靴の傷荒 田 眞智子
下萌に新たな杭の打ち込まる秋 葉 晴 耕
海鼠突く海王丸の影の中浅 野 義 信

青嶺集句抄

移りゆく名残りのひとつ火消壺青 木 久仁女
納車遅しカタログ見飽き春を待つ太 田 硯 星
初夢と知らず雪壁攀ぢ登る山 元   誠
福豆を入れて一人の五目飯成 重 佐伊子
冬うらら日ごと巴布(ぱっぷ)に膝照つて菅 野 桂 子
湯豆腐やほつりほつりと子等の事脇 坂 琉美子
窓開けて春の雪でも入れようか明 官 雅 子
自販機の明りが寄る辺寒の駅二 俣 れい子
長靴の雪を確かめチャイム押す岡 田 康 裕
飛ばされし冬帽杖で手繰り寄せ小 澤 美 子

高林集句抄

初風呂や遠き記憶に父の腕石 黒 順 子

  <主宰鑑賞> 
 新年を迎えて身も心も一新する「初風呂」には祝いや祈りの気持も籠ろう。そんな前向きな思考とは裏腹に昔の思い出も蘇ったりする「初風呂」でもある。遠き記憶とは一抹の哀愁が漂うが、愛情を肌で感じた「父の腕」の記憶には曰く言い難い安らぎがあろうか。神仏のご加護をも思わせる優しさと逞しさに満ちた「父の腕」の皮膚感覚を想う。思わず長湯。

やはらかな風抱かせて雛飾る北 見 美智子

  <主宰鑑賞> 
 雛人形の句と言えば松本たかしの「仕る手に笛もなし古雛」が好きである。まさに徒手空拳の空(むな)しさから逆に華やかな雛人形の在り様を強調するからである。が、さらにその上を行く驚きが美智子さんの「やはらかな風抱かせて」である。三人官女や五人囃子に随身など風の抱き方が異なっていよう。
  

衆山皆響句抄

初夢の中でも煮炊き手を濡らし浅 尾 京 子

  <主宰鑑賞>
 「手を濡らし」からは野中多佳子さんの句「母の手のいつも濡れゐし花ぐもり」を思う。主婦業に勤しむ女性像が「花ぐもり」の季語を得て美しく描かれた。京子さんの句は自分自身の「手を濡らし」であり、初夢の中にまで自らの日常生活を俳味も豊かに活写している。歩んで来た確かな半生があろう。そして愛(かな)しいまでの女の業を思わずには居られない。)

雪解けて点字ブロック割れしまま永 井 淳 子
おでん煮てワクチン接種三度目へ平 木 美枝子
青年団のかつての部屋に初句会今 井 久美子
はだれ野や土のにほひに歩を重ね宮 田   衛
風音ををりをり挟み笹子鳴く金 谷 美 子
春満月伝へて去りぬセールスマン山 森 美津子
冷え性にとむじなの肉の寒見舞廣 田 道 子
選ばれし如く野にあり梅咲きぬ紺 谷 郁 子
掻揚げのさくりと口へ春近し高 橋 よし江
人ごころ探りあぐねて寒椿田 村 ゆり子
蕗の薹土の匂ひと地の湿り高 岡 佳 子
紅梅や仏の夫の明日米寿坂 本 昌 恵
千曲川寒さ残して越後へと大 池 國 介
暗がりの戸が呼ぶごとく雪の声石 黒 忠 三
次次に家電壊れし余寒かな川 渕 田鶴子
京町家寒念仏の響きあり船 見 慧 子
暮早し留守を灯して出掛けたり宮 川 貴美子

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です