五岳集句抄
| 手庇の先のきららや春の沼 | 今 村 良 靖 | 
| 療養の記録残して日記果つ | 但 田 長 穂 | 
   
| 遠山の襞のゆるびや春隣 | 藤   美 紀 | 
| 待春の降車ボタンを誰か押し | 野 中 多佳子 | 
| 雪止みて田に鴉どち雀どち | 荒 田 眞智子 | 
| 老いの歩もリズムに乗りて麦を踏む | 秋 葉 晴 耕 | 
| 寝羅漢のふところを翔つ冬の鳥 | 浅 野 義 信 | 
 
青嶺集句抄
| 両の手に願ひを封じ初不動 | 青 木 久仁女 | 
	  
| 底冷の読経は低く流れけり | 太 田 硯 星 | 
| 凍雲に口ずさみしはカノンかな | 山 元   誠 | 
| 読初や鍋の牛乳ふきこぼれ | 成 重 佐伊子 | 
| 風音の止みたる庭や雪明り | 菅 野 桂 子 | 
| 思ひ出せぬ言葉宙見て雪を見て | 脇 坂 琉美子 | 
| 紙風船横からぬつと突く手あり | 明 官 雅 子 | 
| 雛飾る烏帽子の紐の結びぐせ | 二 俣 れい子 | 
 
高林集句抄
  <主宰鑑賞>
 人の一生に避けられぬ生老病死。俳句の世界でも詠まれ続けて来た。そうした中で、この句の「生きる道草」に惹かれた。正岡子規は、悟りとはいかなる場合にも平気で死ねることではなく平気で生きて居ること、と言った。雅夫さんも先刻承知のことかと。ご自身の状況に即して諧謔精神を発揮された「生きる道草」との表現であろう。ご快復を祈るのみ。
  <主宰鑑賞> 
 郵便ポストの正式名称は郵便差出箱。近くになくて困る場合も多いが、三分の距離とは有り難いこと。その僅かの間もコロナ禍の危機感を持たねばならない、と改めて思う投函であった。「ポストまで鎧ふ三分」が何とも言い得て妙。深刻な状況とは裏腹に柔らかい語感の「春マスク」が皮肉的である。  
衆山皆響句抄
  <主宰鑑賞>
 富山湾の寒鰤ならではの北陸の郷土料理「蕪鮓」。厚く切った蕪の間に鰤を挟んで麹で発酵させる。料亭の冬の味としてもお馴染みだが、家庭では好みの味で作られる。この句では「子等好む石の重さ」に注目。代々の伝統の味、また自分の味で漬けるのではない。お子さん等の喜ぶ蕪鮓を作ろうとの優しい親心。これもまた美味求真、一家の風物詩たる蕪鮓。
| 冬日向玻璃を出られぬ虫逃す | 金 山 千 鳥 |     
| 宵の雨箸の通りも鰤大根 | 橋 本 しげこ | 
| 花種の名は忘るるも鉢に蒔く | 高 橋 よし江 | 
| ゆるやかに山が山押し春めざむ | 佐々木 京 子 | 
| 暮れ残る白梅の香や夫偲ぶ | 高 岡 佳 子 | 
| 地下鉄に余寒のありて急ぎ足 | 粟 田 房 穂 | 
| 山帰り袋に透けし蕗の薹 | 黒 﨑   潔 | 
| 元日もパソコン開き仕事の娘 | 練 合 澄 子 | 
| 外に干す洗濯物に春立てり | 畠 山 美 苗 | 
| 初場所やかつては父といま夫と | 大 野 恭 佳 | 
| 吹雪く日もかすかに日脚伸ぶるかに | 山 藤   登 | 
| 音といへば雪解風のみ妻と歩す | 大 代 次 郎 | 
| 新雪に埋もるる磴へ挑みけり | 内 田 邦 夫 | 
| 春一番知らせるラジオ声躍る | 長 久   尚 | 
| 粕汁や蓋の浮きたる具沢山 | 根 田 勝 子 | 
| 冬ぬくし空を広げる鳶の笛 | 金 谷 美 子 | 
| 朝一番梅のほころび確かめて | 小 川 正 子 |