辛夷句抄(令和7年3月号)

五岳集句抄

梅林のすみずみ琴の調べかな藤   美 紀
かがり糸しごく音はも針始野 中 多佳子
叱られて静かに閉めてゆく襖荒 田 眞智子
卒寿なほ先のありけり農始秋 葉 晴 耕
年々の壁の鋲跡初暦浅 野 義 信
地割れ田に染み込む雨や雪起し太 田 硯 星
ジャンダルム冬の穂高を守りをり山 元   誠

青嶺集句抄

初雀墓碑に刻みしわが一句青 木 久仁女
寒鰤の切身をこがす夕餉かな成 重 佐伊子
足踏体操日課の百回冬ごもり菅 野 桂 子
骨密度若し青木の実赤し脇 坂 琉美子
喪主の手を握り締むる夜冬の雨明 官 雅 子
通る子ら雪足す昨日の雪だるま二 俣 れい子
廃橋の錆ぶるも抱き山眠る岡 田 康 裕
結昆布潮の香りの年用意小 澤 美 子
たちのぼる御香やはらか初御堂北 見 美智子
毛糸編むときをり猫背正しては野 村 邦 翠
雪折れのナビは知らざる道選ぶ杉 本 恵 子
賀状来る金の大蛇の目はつぶら石 黒 順 子
園庭にしづもる遊具冬の星中 島 平 太
助手席も膝も濡らすや時雨傘浅 尾 京 子

高林集句抄

また一軒更地となりて月氷る新 村 美那子

  <主宰鑑賞> 
 美那子さんの住む富山市蓮町も能登半島地震の被災地で液状化現象に苦しむ。「また一軒更地となりて」が哀しい。「月氷る」が、夜の厳しい寒気のみならず被災地の深い悲しみを余すところなく表現していよう。また、この句は能登半島地震を離れても一句として立つ。限界集落化は山里のみならず町辺りでも。「更地」は過疎化を反映した重苦しい語に変容。

年明けを知らせる汽笛湾に満つ相 川 澄 子

  <主宰鑑賞> 
 「汽笛湾に満つ」とは横浜港の「除夜の汽笛」であろう。大桟橋広場の大勢の人で賑わう一大風物詩。どのくらいの数の船か、世界的な豪華客船も居よう。年明けの希望を与える汽笛である。各船舶の汽笛の競演、そしてそれを詠む俳句の競演である。汽笛の聴覚、煌めく船舶や港の視覚が冴える。
  

衆山皆響句抄

香に咽び正月花選る花舗の昼倉 沢 由 美

  <主宰鑑賞>
 正月用の花を選ぶのは年の暮。ただ「正月花選る」の季語はない。結びを「年の暮」とすると重複感がある。内容的には「年用意」だが、同様に重複感は解決しない。が、この句は捨て難く「香に咽び正月花選る」からは花舗での臨場感と新年を迎える高揚感がただよう。「正月花選る」を「年用意」の傍題的な位置づけで採る。季語分類では「雑」(無季)か。)

回廊に降る雪美(は)しく身に触るる木 谷 美 以
隅つこの最も薄き手帳買ふ勝 守 征 夫
初雪を見逃すこともよしとして荒 井 美百合
古暦細かく切りてメモ帳に北 村 優 子
新巻を判(わか)るふりして見較べも釜 谷 春 雄
颯颯(さっさつ)と散る落葉まで歩みゆく山 森 利 平
茶を運ぶ足袋のこはぜのゆるぎなき 松 田 敦 子
口内に少し血の味寒稽古 若 林 千 影
観光客作る細身の雪だるま川 渕 田鶴子
彼の人の何時ものぼやき年賀状窪 田 悦 子
新日記強き筆圧三日まで 今 井 久美子
寒き日のデイスタッフの笑顔かな 根 田 勝 子
人形の御慶に夫も返しけり立 花 千 鶴
晴れ上がりシュプール残し風になり谷 中 小夜子
雪催ひ雲水思ひ経を読む 島 倉 英 子
餅のばす夫は手元を見もせずに政   智佳子
隠れたる力を呼べり初太鼓長 山 孝 文

※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。

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