前田普羅<37>(2023年11月)

< 普羅37 前田普羅の孤愁「妻逝く」>

 今回は、普羅の孤愁を深める「妻の死」の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p65) この雪に昨日はありし声音か

 「1月23日夕、妻とき死す、24日朝」との前書きがある昭和18年、普羅58歳での作である。平明な詠みぶりながらも一句を貫く強い響きがあって韻律も美しい。寒中とはいえ、よく降る雪なのだ。「この雪に」には、妻の死という一大事にあたかも天が呼応して雪を降らせているような味わいがある。
 妻ときの生涯は決して幸せとはいえなかった。幼い頃より知る一族同士の結婚で幸先こそよかったが、普羅は漂泊の心に任せた旅をやめず、金銭感覚もなく、さらには女性問題も絶えない夫であった。妻としての精神的また家計の苦労は並大抵ではなかった。名門の前田家を実家とするときには、まことに皮肉な人生であったといえよう。それは、普羅自身も自覚はしていたに違いない。「昨日はありし声音かな」には妻を思う哀切な心情が籠められていよう。悲痛さの象徴として「声音かな」と結んだことも印象鮮明である。
 「2月15日、この頃毎日ひとりなり」と前書きした「ひとり居に慣れてもわびし春吹雪」つづく「吹雪やみ物音とほき夕かな」からは普羅の寂しい横顔が浮かんでくる。

 

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