辛夷句抄(令和8年2月号)

五岳集句抄

鎌倉や手斧始の檜の香藤   美 紀
畑仕舞冬菊乱れたるままに野 中 多佳子
時雨雲しぐれぬままに流れゆき荒 田 眞智子
ゆふされば光りありけり葱の肌秋 葉 晴 耕
本棚の匂ひの中を冬ぬくし浅 野 義 信
ふくら雀の貌見て今日の始まりぬ太 田 硯 星
冬めきし景色も若き足取りで山 元   誠

青嶺集句抄

刺す気なくうなじに寄りし冬蚊かな青 木 久仁女
銭湯の無料の日なり暮早し成 重 佐伊子
木を揺すり落葉さそひて落葉掻く菅 野 桂 子
暮早し鐘撞くたびに暗みゆく脇 坂 琉美子
鳥籠の水浴びの音小六月明 官 雅 子
初雪や勝手口にも長靴を二 俣 れい子
縄かける仕舞の一樹明日は雪岡 田 康 裕
境内に電飾飾り紅葉散る北 見 美智子
音すれば柿の木を見る熊怖し野 村 邦 翠
大根引く力入らぬ腰なれど杉 本 恵 子
時雨るるやそろそろ味噌の尽きる頃石 黒 順 子
痒さ言ふ母の背撫づる雪催中 島 平 太
耳鳴りも空腹も忘れ毛糸編む浅 尾 京 子
冬うらら百寿の姉のと見かう見大 谷 こうき
湯気上げて小川流るる冬菜畑寺 田 嶺 子

高林集句抄

百歳のやはらかき手の小春かな吉 野 恭 子

  <主宰鑑賞> 
 わが国は超高齢化社会、百歳以上の人口が十万人に達するかという状況である。実年齢に対する健康年齢の若返り、いわゆる美しく老いることこそ肝要。それを実践したかのような「百歳のやはらかき手」に触れたのであろう。小春日和を象徴するような手の柔らかさに感動しつつ励まされもしたか。底力を秘めた柔らかさ、寄る者に優しさと元気を与えるかと。

人違ひされ道連れに冬日和石 原 照 子

  <主宰鑑賞> 
 人違いをしたり、されたりすることはままある。どういう時にそうなるのだろうか。この句では冬日和とある。冬とは思われない穏やかに晴れた日の、何かしら心弾んだような思いが人に対する親近感を増すのであろうか。人違いの挨拶に終わらずに道連れになったとは面白い。あたかも友の如しか。

衆山皆響句抄

冬ざれや我が名飛び交ふ救急車川 田 五 市

  <主宰鑑賞>
 一読、ただならぬ気配に驚く。通信欄には持病があって九日間、緊急入院したとある。救急車で搬送される身ながらも「我が名飛び交ふ救急車」と冷徹に自らを写生するは、俳人の俳人たる所以、お見事である。冒頭の「冬ざれや」も「冬になれば」という意味を超えて冬場の荒(すさ)んだ空気感を強調する響きがあって緊張感を伝える。順調に回復ともあって安堵。)

障子の穴増えてはをれど母達者山 腰 美佐子
年忘れほろ酔ひいよよらふたけて馬 瀬 和 子
朝寒や柱時計の螺子を巻く北 村 優 子
裸木となりし桜に陽のやさし中 林 文 夫
秋寂し箒の残す塵ひとすぢ畠 山 美 苗
畑仕舞ひ末生り集め胡麻和へに野 間 喜代美
冬の雷知りて来し方五十余年多 賀 紀代子
パーティの会場までは着ぶくれて若 林 千 影
山茶花や体操帰りの声弾む平 木 美枝子
枯芙蓉垣根の端にいぢけをり八 田 尚 子
ステージの第九の友を見つけんと正 水 多嘉子
霧の中より妻十歳は若きこゑ久 光   明
小魚のまとめて売られゆく寒さ岩 﨑 純 子
来ぬままに次のバス待つ小春かな大 井 まゆ子
時雨雲母も素直になれぬ日よ池 田 衣 舞
陽の落ちてたちまち寒し通学路鉾 根 美代志
着ぶくれし母をせかせて朝餉かな政   智佳子

※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です