辛夷句抄(令和3年12月号)

五岳集句抄

   
柿一つそれぞれ持ちて句会果つ今 村 良 靖
子を取つてしまへば茗荷なほざりに但 田 長 穂
方言の耳にやさしく酔芙蓉藤   美 紀
厨窓煮炊きにけぶる十三夜野 中 多佳子
つなぐ手を大きく揺らし七五三荒 田 眞智子
一服の腰をあげたる鵙のこゑ秋 葉 晴 耕
月代や稜線の雲うごきけり浅 野 義 信

青嶺集句抄

 
誕生日ですよと風の金木犀青 木 久仁女
銀杏を踏みたる靴の並ぶ通夜太 田 硯 星
落石の音遥かなる秋日和山 元   誠
逆縁の柩花野の奥へ奥へ成 重 佐伊子
ハンガーに重しや吊し柿の十菅 野 桂 子
野紺菊わが故郷の風の色脇 坂 琉美子
秋深し追伸と書く手暗がり明 官 雅 子
灯を消してひとりに大きすぎる月二 俣 れい子

高林集句抄

霧まとひ若返りつつある思ひ片 山   昇

  <主宰鑑賞> 
 纏うは朝霧か夕霧か。地理的には山霧、はたまた都市霧か、などと考えさせられる楽しさがある。沈潜した霧の語感であるだけに「若返りつつある思ひ」との表現には虚を衝かれる。「霧まとひ」が五里霧中とはならず逆に若返るとは新鮮な感覚と言わねばならない。霧に惑うことなく突き進んだ若い時の体験が根底にあろうか。霧に濡れた凛々しい横顔が浮かぶ。

碁敵と一勝一敗良夜かな大 谷 こうき

  <主宰鑑賞> 
 とにかく碁敵と良夜との取合せが愉快である。選りに選って良夜の晩に黒白の修羅を演じるところに諧謔精神がある。ユーモラスな響きの「碁敵」が「一勝一敗」とあって仲のいい雰囲気も出ていよう。碁盤を離れずに対戦をあれこれと振り返っている両者を、満月の方が覗き込んでいるようにも。
  

衆山皆響句抄

朝な朝な吾を起こしに稲雀倉 沢 由 美

  <主宰鑑賞>
 群れをなして稲田に集まる稲雀。脅かすつもりはないのに一斉に大慌てで飛び去る用心深さである。この句では数多の稲雀が何ら案ずることなく稲穂を啄んでいる様子がありありと浮かんで来る。豊かな田園地帯の宜しさを思う「朝な朝な吾を起こしに」にユーモアと優しさがある。その賑やかな鳴声と羽音。見ていない稲雀を詠みながら映像効果も十分に。

      
秋蝶の羽音や風をさそふかに磯 野 くに子
いくたびも同じニュースを夜の長し斉 藤 由美子
厳しさの裏はやさしさ濃竜胆倉 島 三惠子
朝コーヒー色なき風を身に受けて田 村 ゆり子
子の打ちし土こまやかや大根まく寺 崎 和 美
長靴と甘藷ぶら下げてランドセル五十嵐 ゆみ子
悩みごと一つかかへて落葉道稲 山 規 子
萩刈りて今日より違ふ風の色釜 谷 春 雄
荒庭を逃れむとてかこぼれ萩山 森 利 平
木犀の香に沈みたる御堂かな松 田 敦 子
椅子の背の衣類数多や秋暑し川 渕 田鶴子
黙々とスマホタッチの夜長かな小 西 と み
たゆたひし光の中に赤のまま石 﨑 和 男
今日も無事明日へと菜虫身を隠す堺 井 洋 子
籾殻を焼くや少年老いてなほ片 山 敦 至
もう一丁コーチのノック秋夕焼仕 切 義 宣
藤の実や風に愁ひをこぼすかに遠 藤 千枝子

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