辛夷句抄(令和3年8月号)

五岳集句抄

   
十株の茶摘み賑はふ住宅地今 村 良 靖
葉桜や今日素通りの郵便夫但 田 長 穂
梅雨の蝶寝墓に残る遊女の名藤   美 紀
桐咲くや袱紗につつむ祝ひのし野 中 多佳子
磯仏まつりし小屋や夏の雨荒 田 眞智子
更衣年相応の力瘤秋 葉 晴 耕
電車待つホーム大蛾と灯を分かち浅 野 義 信

青嶺集句抄

 
一万歩まであとわづか草の花青 木 久仁女
若き日の写真は褪せず緑の夜太 田 硯 星
みどりの日風受け立てる父祖の山山 元   誠
神木の藤よりもらふ雨しづく成 重 佐伊子
伽羅蕗をとろとろ炊いて夕まぐれ菅 野 桂 子
洗顔のタオルふんはり薔薇の朝脇 坂 琉美子
はつ夏の透明コップ濯ぎをり明 官 雅 子
郭公や水出し珈琲まだ薄く二 俣 れい子

高林集句抄

こどもの日肉焼く網も古びけり石 黒 順 子

  <主宰鑑賞> 
 大概の歳時記は「子供の日」だが、最近の角川書店編では「こどもの日」として載る。語感は異なり、今後はどちらが主となるか。掲句は「肉焼く網」に焦点を絞って、その古びを言うことで家族の来し方にまで思いを広げている。真新しいステンレス製の網を初めて火に掛けた日も遠くなった。お子さんたちとの思い出も焼き付けてきた網の古びの宜しさ。

境内に朝の箒目梅太る    石 原 照 子

  <主宰鑑賞> 
 「境内に朝の箒目」はよく目にする光景であり俳人ならば詠まずに居られない。現に多く詠まれる。こうした場合は結びに何を持ってくるかが勝負どころ。ここでは「梅の花」ではなくて「梅太る」で味わいがある。「朝の箒目」の堅い雰囲気から生活実感もあり癒されるような「梅太る」へと結ぶ。
  

衆山皆響句抄

あぢさゐや甘味処の忘れ傘       猪 羽 希美子

  <主宰鑑賞>
 京都や奈良など各地の甘味処の絵も掲載していただいた今は亡き寺崎杜詩緒さんを思い出す。やはり忘れ傘をクローズアップすることで日和を得た紫陽花のふくよかな毬の重なりも浮かぶ。甘味を堪能して店を出るお客さんの声や足取りも見えて来るようである。傘のことも忘れさせてしまう甘味処、また近いうちに御出で下さいと言うことなのかも知れない。

    
重版の献本を手にビール飲む西 山 秀 夫
むしやくしや腹ハンカチ千切るほど噛みて般 林 雅 子
若者の一人二人の田植かな今 井 秀 昭
中干しの田を逃れんと蝌蚪二匹石 﨑 和 男
館長のひとり背(せな)見せ草むしる今 井 久美子
庭仕事背ナに毛虫の気配あり飯 田 静 子
若衆の菖蒲投げ込む総湯かな片 山 敦 至
栗の花どこへ行きしや縄電車山 森 美津子
目の合ふや竿をねぐらの青蛙柳 川 ひとみ
草引きや腰と折り合ふ小半時田 村 ゆり子
鯉跳ねし飛沫に濡るる日傘かな高 岡 佳 子
口笛を吹いて囀急かす夫北 村 優 子
若向きのシャツに着替へて更衣黒 﨑   潔
刈草の流れは遅き琵琶湖かな畠 山 美 苗
籠り居て風鈴一つ増やしけり村 田 昇 治
茄子をもぐバイクの音は俳誌かな廣 田 道 子
子等ふたり追ひかける手に夏帽子船 見 慧 子

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