辛夷句抄(令和7年12月号)

五岳集句抄

菊人形雑兵の背の隙だらけ藤   美 紀
ひかり合ふ貸自転車や野分晴野 中 多佳子
カフスボタン落葉にまぎれ通勤路荒 田 眞智子
胸にきて捕れとばかりに蝗かな秋 葉 晴 耕
宇宙船のごと手術室そぞろ寒浅 野 義 信
いくつかは撓む本棚秋ともし太 田 硯 星
秋の夜や口から漏れし山の唄山 元   誠

青嶺集句抄

湖の富士山(ふじ)を揺らして雁の棹青 木 久仁女
玄関の框に帽子秋の風成 重 佐伊子
片隅の小さき冬瓜買ふことに菅 野 桂 子
大刈田空一枚と響き合ふ脇 坂 琉美子
露の夜の朱の塗箸に散る螺鈿明 官 雅 子
くもりなき術後のまなこ草の花二 俣 れい子
秋雷や遠山一気にけぶらせて岡 田 康 裕
杜近き離れの窓に小鳥来て北 見 美智子
番鴨しだいに重き双眼鏡野 村 邦 翠
近道は熊出ると云ふ帰り道杉 本 恵 子
月今宵九谷の皿に跳ね兎石 黒 順 子
虫の音の真つただ中の静寂かな中 島 平 太
霧這ふや瀬音に気持ち沈めをり浅 尾 京 子

高林集句抄

読みさしの頁が匂ふ秋時雨平 井 弘 美

  <主宰鑑賞> 
 立冬が近づくと時雨模様の日が目立つようになる。時雨そして初時雨も初冬の季語ではあるが、秋時雨にこそ初時雨の情緒があろう。掲句では「読みさしの頁」が、降ったり晴れたりと目まぐるしく変わる天候に振り回される一日の暮しぶりを思わせる。何の本か、その「頁が匂ふ」とは意表を突く。続きを早く読みたいとの欲求から来る嗅覚の冴えであろうか。

磨かれて並ぶ中古車日日草中 村 玉 水

  <主宰鑑賞> 
 ずらりと並ぶ中古車の販売展示場。まさに「磨かれて並ぶ」であり、陽光に照れば新車と見紛うばかりだ。日日草が展示場の出入り口を飾って和んだ雰囲気を演出している。次々と咲いて花期も長い日日草に、順調な販売の願いが籠るなどとは皮肉な見方に過ぎよう。園芸種として親しい日日草である。

衆山皆響句抄

丘の知る古戦の幾多秋の風坂 本 善 成

  <主宰鑑賞>
 脚注に「タラの丘」とあった。ケルト族とバイキングの戦、ローマ軍の侵攻、王族内の争いも見てきたアイルランドの聖地という。まさに世界史の頁を飾る丘に立っての吟は、世界各地を訪ねている善成さんならではの句業。擬人化した「丘の知る」に言葉を飾り立てたような浮薄感は感じられない。哀れなる人間の浅はかな歴史。冷えるまで秋風に吹かれるか。)

さはやかやたれにも会はぬ姫街道西 山 仙 翁
独り言増えしこの頃秋思かな斉 藤 由美子
針そつと落すレコード秋の宵倉 島 三惠子
廃校は蜻蛉の宿となるらしく北 村 優 子
秋さがし影をさがして庭に立つ細 野 周 八
子規忌糸瓜忌獺祭忌子規思ふ桑 田 ふみ子
洗車して夏日の秋を一走り 針 原 英 喜
つくづくと人懐かしや温め酒久 郷 眞知子
リモコンを渡し長き夜引継ぎす村 田 昇 治
天高く腰整へて散歩かな沢 田 夏 子
旅疲れ残れど藷の掘り頃と平 木 美枝子
控へ目に家のどこかに虫鳴けり平 木 丈 子
病床の弟の空赤とんぼ島 田 一 子
スポーツの日三連休も留守番す島   美智子
あちこちの製品壊る冬隣善 徳 優 子
秋深しゴッホ自画像身に染みて小 峰   明
甘藷掘る孫の力の勝りけり北 村 富美子

※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。

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