辛夷草紙<56>(令和6年1月)

<草紙56>「 能登半島地震 」(富南辛夷句会便り)

 これまでに経験のない地震の揺れに驚いた。元日の夕方、孫たちと富山市内の玩具店に小物を買いに出かけていた時のこと。ぶらりと店内を回っていると、突然、足元が揺れ、壁が揺れ、陳列棚が波を打つように見えた。ともかく、孫たちと駐車場へ。そこへスマホが鳴り響いた。「緊急地震速報 石川県能登半島に地震」。自宅と連絡を取り、帰宅。能登では震度7、富山も震度5強の大地震。これがその時のあらましだ。刻々と、石川・富山の両県にわたる被害状況が報道され、その地に住む知人を思い、かつて訪れた美しい能登の惨状に心が痛む。

 今月の新年の句会は、顔を合わせば先ず互いの無事を確かめる言葉から始まった。投句は、やはり能登半島地震の句だ。夕食の準備をしていた方、町で買い物中の方、思わず幼子を抱きしめた方、ともかくと避難された方、急ぎ支援活動に携わられた方々の句だ。これらの句は、俳人の生活の記録として、そして復旧・復興への祈りとして、俳誌『辛夷』に残っていくだろう。普羅の愛した能登の自然と人々への思いを込めて。

                            康裕