五岳集句抄
冬ざれや一指を頬に思惟佛 | 藤 美 紀 |
膝掛をはなさぬ母よ祝ぎの日も | 野 中 多佳子 |
すぽと履く夫の長靴菜を間引く | 荒 田 眞智子 |
穭穂の鋤き込まるるはまたたくま | 秋 葉 晴 耕 |
冬耕の長き影もて立ち話 | 浅 野 義 信 |
見る方を違へし夫婦紅葉山 | 太 田 硯 星 |
初雪の跡かたも無き秋の富士 | 山 元 誠 |
青嶺集句抄
四拍目幸せ願ふ神集 | 青 木 久仁女 |
交番の裏に仰向け捨案山子 | 成 重 佐伊子 |
到来の今年の柚子の艶も良し | 菅 野 桂 子 |
石蕗咲くや己を叱咤しつつ生く | 脇 坂 琉美子 |
桜もみぢベンチに上着黒鞄 | 明 官 雅 子 |
いくたびも濡れて乾きし案山子かな | 二 俣 れい子 |
走り根で区切りとなせり落葉掻 | 岡 田 康 裕 |
十三夜明日来る客も今頃は | 小 澤 美 子 |
うしろより声掛けられし十三夜 | 北 見 美智子 |
一葉づつ音置くやうに朴落葉 | 野 村 邦 翠 |
覗かせて貰ふねんねこ夕明り | 杉 本 恵 子 |
柚子坊の芥子粒ほどの眼の光 | 石 黒 順 子 |
高林集句抄
<主宰鑑賞>
一句の季語は「秋の暮」として分類されるが、内容的には紅葉のみならず崖や岩が感じられる「秋の山」そして秋の「登山」が織り成す濃密な一句である。結びの「石明かり」とは高い地点での石が積み重なったガレ場や岩屑で滑りやすいザレ場ではなくて山麓での夕明りに淡く照る石であろう。日没で焦りながらの下山を助ける有り難い「石明かり」である。
<主宰鑑賞>
秋灯に包まれて凝り固まったような空気感の中で針仕事に励む姿が浮かび上がる。「膝に載る絹」が何とも繊細であり、長年にわたり絹の生地を扱いなれた感覚と思われる。その重くないはずの絹が「重しとも」とあって驚く。身近な存在の絹地が、何らかの理由で重苦しい作者の心を映しているか。
衆山皆響句抄
<主宰鑑賞>
この頃は廃田なる語を見聞きする。休耕田ではなく耕作放棄の荒れ田である。「捨て田」などと詠まれてもいる。そんな廃田が「見頃となりぬ」とは皮肉この上ない。確かに一面の「草紅葉」は美しい眺めと言えよう。が、そんな状態は何年も続くまい。鳥や風の仕業で次第に木が生えて荒地、林へと化して行くことであろう。人が居ないと知ると田は暴れ出す。
抹茶手に添水の音を待ちにけり | 川 田 五 市 |
代々の田んぼ一面蕎麦の花 | 今 井 久 雄 |
片月見忌む母の教への十三夜 | 倉 島 三惠子 |
街中に鄙の名残か枯すすき | 那 須 美 言 |
ウオーキング落栗拾ふたのしみも | 三 島 敏 |
タクシーの出払ひ落葉舞ひ上がる | 新 井 のぶ子 |
賑はひは飛び散る木の葉人もなく | 北 川 直 子 |
丁寧に珈琲いれて冬立ちぬ | 岡 田 杜詩夫 |
廃校の壁に校歌や虎落笛 | 般 林 雅 子 |
飴色の柱を磨き冬に入る | 今 堀 富佐子 |
立冬に老いの黄昏そこはかと | 長 久 尚 |
茶が咲いてそこらあたりの庭仕事 | 今 井 久美子 |
ここからは江戸の道標萩の道 | 立 花 千 鶴 |
冬の夜の予定こなせし線五本 | 荒 井 美百合 |
亡き夫のマフラーちやうどいい朝 | 谷 澤 信 子 |
秋知るや波打ち際を吹く風に | 小 峰 明 |
ハンドルにびりびり響く鰤起し | 赤 江 有 松 |
※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。