五岳集句抄
十薬に勝る匂ひや己が薬 | 今 村 良 靖 |
浜木綿や石に流人の名のかすか | 藤 美 紀 |
甘酸つぱき子の髪匂ふ団扇風 | 野 中 多佳子 |
粘りゐるバッターボックス夏の雲 | 荒 田 眞智子 |
縁側に足のはみ出し三尺寝 | 秋 葉 晴 耕 |
仰向けのままの雷鳴歯科の椅子 | 浅 野 義 信 |
青嶺集句抄
金魚屋について日暮の石畳 | 青 木 久仁女 |
白山の風に乾きし汗のシャツ | 太 田 硯 星 |
慈悲心鳥樹々従へて穂高立つ | 山 元 誠 |
仁歩谷へどの道行くも立葵 | 成 重 佐伊子 |
展帆の今か今かと夏燕 | 菅 野 桂 子 |
バーに紫陽花カクテルは海の青 | 脇 坂 琉美子 |
あつぱつぱの番台うつらうつらして | 明 官 雅 子 |
片虹の根元は母の住むあたり | 二 俣 れい子 |
草むしり電話のメモを土に書く | 岡 田 康 裕 |
参らざりし喪服をたたむ夕薄暑 | 小 澤 美 子 |
高林集句抄
<主宰鑑賞>
春の山野に群生する蕨だが、標高が高くなれば五月以降の夏場が盛りとなる。より柔らかくて太いものが採れて蕨狩りを堪能できる。が、その気がなければ見れども見えず、さっさと通り過ぎていくばかり。春の日に目を凝らして採っていたことを思えば可笑しくもある。時折りの涼風に癒されながら浦島草や青歯朶などを眺めつつ夏の緑に染まっているか。
<主宰鑑賞>
「十薬の」か「どくだみの」かで一句の印象は随分と異なって来よう。やはり「薬」と「どく」との語感が与える影響は無視できない。「匂ひ纏へり」からは、足元の悪い、日陰の湿った場所へも果敢に踏み入らねばならない検針員の苦労を思わずには居られない。検針員への労いと応援からの一句。
衆山皆響句抄
<主宰鑑賞>
掌にメモする看護婦さんを見たことはあるが、掌ではなくて腕に「重ね書く」とは何か作業中での、のっぴきならぬ事態を想わせる。それが「汗に消えゆく」メモへの重ね書きとあって痛々しくもあり、忘れてはいけない、という心の推移も感じられる。「汗に消えゆく」に驚きの発見があり、動きに勢いもある。体温も伝わるような皮膚感覚が冴えている。
昼寝ともならず早々目覚めけり | 鍋 田 恭 子 |
人の寄る片蔭よけて歩くなり | 坂 本 善 成 |
よその庭見ては楽しむ今日カンナ | 今 野 ひろし |
風死すや芭蕉生地の約(つづま)やか | 那 須 美 言 |
ハンカチを絹に取り替へ句会へと | 北 村 優 子 |
夏服や齢のしるき肘さらす | 谷 順 子 |
夏旅の案内の封を切らぬまま | 山 口 路 子 |
襟のぞく女坂下る白日傘 | 釜 谷 春 雄 |
蜘蛛の囲を払へば海の匂ひかな | 石 黒 忠 三 |
籐椅子に雲と語りて寝落ちけり | 八 田 幸 子 |
筋トレは欠かさぬ日課朝涼し | 砂 田 春 汀 |
新築の部屋の真ん中ハンモック | 小 西 と み |
早稲の花触らぬやうに草を取り | 石 﨑 和 男 |
七夕竹後朝(きぬぎぬ)の文紛れをり | 川 田 五 市 |
夏の雨庭の雑草仁王立ち | 金 谷 美 子 |
肩に鞄茅の輪をくぐる塾帰り | 仕 切 義 宣 |
水やうかんとろり崩れて恋半ば | 佐 山 久見子 |