前田普羅<20>(2022年6月)

<普羅20 前田普羅の自然詠② >   

 今回は、飛騨を愛し旅を重ねた普羅らしい梅雨の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p70)  白樺を横たふる火に梅雨の風

 所収する『飛驒紬』に前書きはないが、この一句は、今は飛騨市となっている旧神岡町市街地から二十五山の山向こうにある笈破(おいわれ)という村での作である。残念ながら今では廃村となっている。手元にある昭和9年刊『普羅句集』の扉にも普羅がこの句をインク書きしており「笈破にて」との前書きがある。普羅としても思い入れがあった句なのであろう。
 句については普羅自身が次のように書き残している。「笈破は高原川の渓谷右岸1300尺許りの高台地に残る飛驒高原の一部である。年中霧の深い所で6月の末ごろ通った時も、農家の大炉に白樺の大木が顔を突き込んで、胴体を家中に横たへ、梅雨風は火を煽って白樺の頭はブシブシと燃えて居た。主人が新しい筵を炉辺に敷いて呉れたので横になり、つい、うとうとと夢心地になると、急に水を浴びた様な寒さを感じた。起き上がると直ぐ目についたのは戸口をふさいで走って居る山霧と、其の中に動いて居る濃紫のアヤメの花だった」。今となっては、普羅の一句が、そして言葉の一語一語が、かつて村が村として存在した時代の貴重な民俗学的な遺産のようにも思えてくるのである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です