辛夷句抄(令和5年9月号)

五岳集句抄

相乗りに絵日傘ひとつ渡し舟藤   美 紀
咲きのぼる凌霄映す道路鏡野 中 多佳子
一卓は男子高生シャーベット荒 田 眞智子
草原の先頭を行く捕虫網秋 葉 晴 耕
風強きひと日の畳毛虫這ふ浅 野 義 信

青嶺集句抄

今日夏至の雨膝に当てマイクロ波青 木 久仁女
妻の留守三日茄子漬底をつく太 田 硯 星
水無月の湖(みず)の色変へ榛名山山 元   誠
漬物の石によきかな蟻が這ふ成 重 佐伊子
撥ね返す楓のしづく鴨足草菅 野 桂 子
川の灯と夜気のささやき床料理脇 坂 琉美子
切る度にパイナップルの黄色濃く明 官 雅 子
夏帽を飛ばし兄追ふ三輪車二 俣 れい子
座敷掃く補聴器ひろふは遠雷か岡 田 康 裕
ガラスづくめに白磁一点夏料理小 澤 美 子
それぞれの鉢の花色蓮かをる北 見 美智子
赤紫蘇の染みたる手なり受話器取る野 村 邦 翠

高林集句抄

家中に豆飯匂ふ忌日かな浅 尾 京 子

  <主宰鑑賞> 
 豆飯と言えばやはりグリーンピースを炊き込んだものを思う。さっぱりとした塩味のよろしさが初夏の気分にも叶う。故人も豆飯がお好きであったのであろう。思い出に浸りながら、在りし日のごとくに豆飯を炊くのである。となれば「家中に豆飯匂ふ」とは、何よりの豪勢なお供えと言えようか。上々の味ながらも、やや作り過ぎたかとの微苦笑もあろうか。

夏帽を押さへて仰ぐ等伯像道 端   齊

  <主宰鑑賞> 
 安土桃山から江戸期の天才絵師・長谷川等伯、生れは能登の国、七尾。等伯像は各地にあるようだが、七尾駅や七尾マリンパークにある右手で笠を少し持ち上げて遠くを望む、京都への旅立ちをイメージした等伯像を思う。折からの潮風に「夏帽を押さへて仰ぐ」姿が等伯像と重なって微笑ましい。
  

衆山皆響句抄

針置いて雀の巣立つ羽音かな山 腰 美佐子

  <主宰鑑賞>
 縫物の手を止めて針を置く。それが「雀の巣立つ羽音」であるところに引かれる。季語としては「雀の巣」「巣立鳥」があり、巣立ちのあとは「雀の子」となる。これらより先立つ「孕雀」「雀の卵」から見守っていた日々が思われる。雀は身近な存在だが、巣作りは警戒心が強く人目には触れにくい。孕みから巣立ちまで雀を飼っているような心地であったか。)

昼寝覚屋敷林(かいにょ)匂へる風浴びて藤 井 哲 尾
寝ねがてに書き足す日記熱帯魚川 田 五 市
日傘さす人皆美(は)しき歩みかな武 内   稔
雨蛙にフレイルチエック復唱す島   美智子
水打つて水百選の町に住む倉 島 三惠子
こだはりは角を壊さぬ冷奴佐々木 京 子
サーファーの腰低くして波光る 高 岡 佳 子
梅雨入や美(は)しき雨音聞きたきと中 林 文 夫
今年またこれが最後と簀戸入れて犬 島 荘一郎
寝つかれぬ闇に安らぐ蚊遣かな大 代 次 郎
後継ぎのありて名物心太上 杉 きよみ
鬣(たてがみ)の濡れし愛馬やくだり吹く澤 田   宏
超然と噴水おのが時刻む佐 山 久見子
てきぱきと車庫の中にも水を打つ岡 田 杜詩夫
道の駅空くじなしと茄子もらひ今 井 久美子
五月闇解体庁舎の匂ひかな早 水 淑 子
万緑や御神木抱き深呼吸小 川 正 子

※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。

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