五岳集句抄
思惟佛と云へども花の眠りかな | 藤 美 紀 |
剥落の蔵に影なす梅一枝 | 野 中 多佳子 |
泣き顔の皆美しや卒業す | 荒 田 眞智子 |
空き畑の形を崩す砂嵐 | 秋 葉 晴 耕 |
春遅々と網を繕ふ漁夫ひとり | 浅 野 義 信 |
山茱萸の芽ひと風あらば咲きさうで | 太 田 硯 星 |
探梅の気持ち擽るゴルフ場 | 山 元 誠 |
青嶺集句抄
立春の光を背ナに夫猫背 | 青 木 久仁女 |
雪のせて走る車を見て飽かず | 成 重 佐伊子 |
下萌や雑草なれど跼みもし | 菅 野 桂 子 |
おづおづとひらく朴の芽星近し | 脇 坂 琉美子 |
春雷の二つ目は来ず箸を持つ | 明 官 雅 子 |
立話雪解しづくに急かされて | 二 俣 れい子 |
雪代の夕日を返す蛇行かな | 岡 田 康 裕 |
本堂の玻璃戸にゆらぎ春の燭 | 北 見 美智子 |
アトリエの即ち遺品木の芽風 | 野 村 邦 翠 |
春なれや甘き匂ひのクッキー缶 | 杉 本 恵 子 |
笹子鳴くこの浦一の大松に | 石 黒 順 子 |
白鳥帰る池に漂ふ羽の数 | 中 島 平 太 |
いくつ見し短き夢や春の風邪 | 浅 尾 京 子 |
高林集句抄
<主宰鑑賞>
昔、保健体育の先生が健康を「健康を意識しない状態」と僅か十字で定義。「身の不調」から思い出した次第。加齢につれて人は身の不調に折合いを付けながら暮らさねばならなくなる。が、そんな素振りを見せたくない場合もある。よんどころない事情で電話に臨んでいるのであろう。のんびりしたい春の昼に声優よろしく声音を操る、これもまた俳諧なりと。
<主宰鑑賞>
「夕星や」「梅盛り」からは到着時の即吟のような味わいがある。夕星の時刻となっても定宿ゆえの余裕があろうか。芭蕉に「くたびれて宿借るころや藤の花」があるが、この旅籠屋は定宿ではなかろう。こうきさんの句の「梅盛り」には旅の疲労感はなく、むしろ明日からの充実した日程を想わせる。
衆山皆響句抄
<主宰鑑賞>
「新社員」「新入社員」は一見して分かるから面白い。当然に、その初々しさや、ぎこちない所作などが詠まれることとなる。そういう意味では掲句はいささか異色な面白さがある。近所のよく知る青年の、やや迷惑気味なバイク音であったか。新社員となる前の、いかにも自由奔放な暮しを想わせることで社会人たる新社員の在りようを改めて強調していようか。
酔ひ痴れて雪解雫をチェイサーに | 中 島 兎 女 |
雨音はまだ色もたず春寒し | 寺 崎 和 美 |
誰かれに声をかけたく青き踏む | 馬 瀬 和 子 |
春来たる畦道つたひ回覧板 | 杉 田 冨士子 |
白梅の影に紛れて苑に佇つ | 川 渕 田鶴子 |
窓凍てて昨夜(よべ)の吐息の残りけり | 内 田 邦 夫 |
擂粉木の匂ひ微かに木の芽和 | 澤 田 宏 |
音ならばソとラ楓の芽の細き | 佐 山 久見子 |
肩こるも続ける麻雀春こたつ | 今 堀 富佐子 |
逢へば先づ体調聞き合ふ春帽子 | 平 木 美枝子 |
春浅しスマホに残る亡き友よ | 長 久 尚 |
菊炭に移りたる火や冬深し | 小野田 裕 司 |
猫の日に褥の毛布換へもして | 堺 井 洋 子 |
外灯の限りを春の匂ひかな | 片 山 敦 至 |
曲水や短冊を手に筆走る | 武 内 稔 |
河津桜硬き蕾が春を待つ | 竹 脇 敬一郎 |
福寿草夫の忌日に間に合はず | 谷 澤 信 子 |
※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。