辛夷句抄(令和6年12月号)

五岳集句抄

潮風も味の一つよ大根干す藤   美 紀
玻璃に映る吾と目の合うて秋闌けて野 中 多佳子
スキップの少し重たき秋はじめ荒 田 眞智子
活けられし花の寄り添ふ冬隣秋 葉 晴 耕
木へ登り熟れ無花果を見失ふ浅 野 義 信
誕生日せぬこと決めて爽やかに太 田 硯 星
手を合はす墓の周りの木の実かな山 元   誠

青嶺集句抄

走り根に躓く木の実しぐれ中青 木 久仁女
今日も梨二つあがなふ湯の帰り成 重 佐伊子
なでしこ忌家持像は筆かろく菅 野 桂 子
萩散りぬかがんでものを想ふとき脇 坂 琉美子
鉦叩とぎるる会話つなぎけり明 官 雅 子
草の花勝手口にも母の杖二 俣 れい子
ひとつ避けひとつ踏みたり銀杏の実岡 田 康 裕
這ふ嬰の手編のセーター白づくめ小 澤 美 子
ふり返りつつ木犀の風の中北 見 美智子
冬瓜を抱へ直して横断す野 村 邦 翠
どの畦も山へと続く赤のまま杉 本 恵 子
普羅句集鞄の底に団栗も石 黒 順 子

高林集句抄

椅子二つ据ゑてひとりの居待月寺 田 嶺 子

  <主宰鑑賞> 
 十四夜月の待宵から二十日月の更待月まで、さらに宵闇など月の季語は続く。より多くの季語に挑むも楽しい。掲句の居待月は十八夜の月。庭に椅子を据えての月見と洒落込むのだが、亡き夫云々とは詠まず「椅子二つ据ゑてひとり」と客観的表現にとどめている。それが反ってご夫妻の来し方を想わせるのみならず、今も変わらぬご主人への思いを伝える。

草の香につつまれ土手に腰下ろす相 川 澄 子

  <主宰鑑賞> 
 「草の香」は初秋の季語で様々な秋草の香り。似た表現の季語に「草芳し」があるが、これは「春の草」の傍題。掲句は「秋麗」「秋晴」が隠し味となっている一句であり、晩夏の名残もありそうで「土手に腰下ろす」に抵抗感もないのである。「草の香につつまれ」には何とも言えない青春性がある。
  

衆山皆響句抄

腸壁のごと彼方まで鰯雲中 島 兎 女

  <主宰鑑賞>
 先ず「腸壁のごと」に驚く。いきなり、俳句には馴染まないような言葉が飛んで来たようで虚を衝かれる。途切れることなく彼方まで広がる鰯雲、その天空の巨大空間が、あろうことか細小な人間の腸壁と同じであるとは痛快この上ない。ピノキオが入ったのは鮫の胃だが、兎女さんは人の腸の中へ入る秘法の持ち主らしい。大胆にして柔軟な発想に引かれる。)

名月の移りて部屋を移りけり吉 野 恭 子
籾殻をもらふ支度の頬被り平 木 美枝子
咲ききりし薔薇と知りつつ蕾探す井 上 すい子
狼の遠吠えしさうな後の月般 林 雅 子
金木犀朝の香りと夕べの香沢 田 夏 子
猫じやらしふれてふれられ散歩道 坂 東 国 香
ひつぢ田に隣の猫と家(うち)の猫水 戸 華 代
露草の茎の伸びしろ犬の墓片 山 敦 至
穭田に放ちて見たき子山羊らを武 内   稔
朝寒や転ばぬやうに励まして廣 田 道 子
秋深し一人暮らしの二十五時那 須 美 言
枯芒千々に揺れをり関ケ原高 岡 佳 子
雲切れて背伸びを誘ふ風の色針 原 英 喜
大綱引尻もちつけば秋高し赤 江 有 松
ひと雨が季節を分かつ秋夜かな岩 﨑 純 子
大ぶりの碗に味噌汁芋多め大 井 まゆ子
血膨れし秋蚊飛べずや床這ひて近 藤 令 子

※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。

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