五岳集句抄
かなかなや旅に書く文情篤く | 藤 美 紀 |
住み古りて夕べ水足す釣忍 | 野 中 多佳子 |
夏蜜柑ていねいに剥きひとりかな | 荒 田 眞智子 |
運ばるる籠に軋みし春キャベツ | 秋 葉 晴 耕 |
三更の通夜の畳に青蛙 | 浅 野 義 信 |
緑蔭のベンチに飽きて書店へと | 太 田 硯 星 |
風薫る縁へ誘ふ囲碁仲間 | 山 元 誠 |
青嶺集句抄
大杉のしめ縄確と登山口 | 青 木 久仁女 |
水打つて庭木の風を待つともなく | 菅 野 桂 子 |
たはむれに夫の背に打つ草矢かな | 脇 坂 琉美子 |
夏帽の鍔見えてゐる隠れん坊 | 明 官 雅 子 |
色づかぬ四葩剪る罪そこはかと | 二 俣 れい子 |
柿若葉今朝も増えたる土竜塚 | 岡 田 康 裕 |
絹豆腐切り口大き涼しさよ | 小 澤 美 子 |
梅雨の庭紫陽花色に昏れなづむ | 北 見 美智子 |
庭師去り石の乾ける薄暑かな | 野 村 邦 翠 |
明珍(みょうちん)の風鈴捩る程の風 | 杉 本 恵 子 |
子燕に阿弥陀如来のたなごころ | 石 黒 順 子 |
高林集句抄
麨(はったい)を練りて老いゆくこと急かず | 浅 尾 京 子 |
<主宰鑑賞>
麨を見聞きすることも稀となった。「麨」は大麦の粉で「麨粉」「麦こがし」とも。今も細々ながら店頭に出る。麨粉牛乳や練り菓子などに。句としては「立山の風に麨こぼしけり 川原河人」「麨を吹き飛ばしたる畳かな 前田普羅」が浮かぶ。京子句では老いに抗うのではなく「急かず」というところに興趣がある。麨を練りながら懐かしく思い出すことなども。
<主宰鑑賞>
家の周りや庭には結構生き物がいる。蛇は御免こうむりたいが、蜥蜴ならば余裕を持って眺めることができる。蜥蜴の方も同様に人を見ていて「見慣れし家人」なのであろう。「住み古りて」眺める蜥蜴は、子蜥蜴そして孫蜥蜴へと変って行こう。「よぎり行く」時間も決まっているような面白さあり。
衆山皆響句抄
<主宰鑑賞>
「植田風」によって生じる光景を詠む。が、風を言わず、あくまでも植田の水面を凝視した「植田水」としての一句である。劇的とも言える水面の瞬間の動きを「さらひ取るかに波走る」と活写している。これからという植田の大事な水が一瞬にして消えて行くとは驚き。ざわざわと水を浚いとるように走る波、そのダイナミックな波動を見逃さない写生眼。
友より新茶同じやうに年重ぬらし | 橋 本 しげこ |
薪能武者怨念の火のはじけ | 漆 間 真由美 |
懸垂下降かな瀑布白皚皚(はくがいがい) | 西 山 仙 翁 |
麦秋に孤影いつまでキハ40 | 釜 谷 春 雄 |
松落葉払ひ風音聞くベンチ | 斉 藤 由美子 |
新刊の紙の手触り新樹光 | 倉 島 三惠子 |
庭つつじあの世でも妻愛でゐるか | 細 野 周 八 |
万緑や写生の子等の無口なる | 山 口 路 子 |
ねんごろな言の葉のせて団扇風 | くろせ 行 雲 |
自づから草むしり子の家に来て | 村 田 昇 治 |
夏シャツや百歳体操仲間入り | 小 西 と み |
朝焼の杜甘え鳴く鷺の声 | 堺 井 洋 子 |
夜の雨篭一杯の胡瓜かな | 廣 田 道 子 |
じんじんと蚋(ぶよ)の咬み跡旅荷解く | 赤 江 有 松 |
よろよろと父の自転車青田風 | 木 山 栄 治 |
白靴にコントラバスの響かな | 大 井 まゆ子 |
半夏雨潤す畑や深呼吸 | 善 徳 優 子 |
※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。