前田普羅<40>(2024年2月)

< 普羅40 前田普羅の「奥山」② >

 引き続き「奥山」の句に込められた普羅の心情を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p63) 奥白根かの世の雪をかがやかす

 「駒ヶ岳凍てて巌を落しけり」とともに「甲斐の山々」と題する五句中の一句。発表された昭和12年1月17日の東京日日新聞(毎日新聞の前身)を見ると、連載小説や映画評など読者の楽しみとする頁のど真ん中に、普羅の五句だけが囲みで載る。一連の作は発表当初から大きな反響を呼んだが、それは独り俳壇だけのものではなかったろう。
 そもそも「奥白根」という呼称はない。普羅は「奥黒部」「奥山」などと「奥」なる言葉にとりわけ思い入れが強い。三千メートルを超える南アルプスの主峰、北岳、間ノ岳、農鳥岳の白根三山を遠望しての、しかも普羅俳句の特別の主題の一つともいえる「雪」を深々と被った、その山容を「奥白根」と呼ぶに何ら違和感もない普羅であった。その「奥」なる世界は、「かの世」へと導く序詞のようでもある。「かの世の雪」といっても霊魂の世界を飾る雪ではない。小賢しい人間の知恵や懊悩などとは全く無縁の、否、普羅が行き着きたいと願う理想郷にある清浄無垢なる世界のようでもある。「かがやかす」は讃美というよりも、普羅の祈りにも似た憧憬が吐く言葉であろう。『定本普羅句集』所収。

(参照 「駒ヶ岳」の句鑑賞 普羅19へ

【甲斐の山々】
駒ヶ岳凍てて巌を落しけり
茅枯れてみづがき山は蒼天(そら)に入る
霜つよし蓮華とひらく八ヶ岳
茅ヶ岳霜どけ径を糸のごと
奥白根かの世の雪をかがやかす

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