前田普羅<19>(2022年5月)

普羅19 前田普羅の自然詠①   

 今回は、普羅の絶唱の句と、自然との交感を静かに楽しんでいる句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p62) 駒ヶ岳凍てて巌を落しけり

 一読、格調ある響きと大きな余韻に包まれる。「甲斐の山々」と題する5句中の一句で昭和12年1月17日の東京日日新聞に発表されたもの。他の4句は、「茅枯れてみづがき山は蒼天(そら)に入る」「霜つよし蓮華とひらく八ヶ岳」「茅ヶ岳霜どけ径を糸のごと」「奥白根かの世の雪をかがやかす」。甲斐駒の偉容、とりわけ厳寒期の酷烈な岩壁の相に真に迫った詠みぶりは、現代の映像技術の粋を集めた大画面をも凌駕しよう。凍ても極まって巌さえも弾き落さないではおかない、そんな甲斐駒はもはや人の手の及ぶべくもない遠い世のものでもある。写生や比喩という言葉では容易に説くことのできない世界がそこにはある。
 「一句の成るや、成れる其の日に成れるにあらず」という普羅は、愛するものには長い歳月をかけて思慕を募らせる。甲斐の地を初めて訪うてから20年経っている。横浜時代には人生の苦悶を抱いて仰いだ甲斐の山々であったが、昭和12年といえば、富山を根拠地に俳人としても雄飛している時代だ。心身ともに充実して甲斐駒と対峙した普羅の真骨頂を見る思いである。山岳俳人と称される所以の句である。『定本普羅句集』所収。

(抜粋 p49) 秋霧のしづく落して晴れにけり

 富山に移住して2年を経た大正末年に、散居村光景を望むこともできる南砺市の古刹安居寺にて作った句である。1300年前の創建という同寺には秘仏の木造聖観音立像を始め見所も多い。参拝に訪れる者を吸い込むかのような自然豊かな山懐の佇まいに、普羅の句ごころも昂揚したことと思われる。
 一句は「秋霧の」との端正な言葉から流れ出す。秋霧として語調を整える詠み方は古来よりあるが、普羅も寺域を歩むほどに霧にとらわれて行く、そんな自らのこころを表現するには単に霧だけでは済まされない厳粛なものを感じたのであろう。立ち籠めた霧は流れ去るというよりも、あたかも普羅を濡らさんとばかりに雫を落とし、次第に晴れ上がっていくのである。こうした自然の息吹との交感に喜ぶ姿がそこにはある。
 富山に移住して、普羅は「只、静かに静かに、心ゆくままに、降りかかる大自然の力に身を打ちつけて得た句があると云うのみである」と書いているが、それは何も山岳俳句だけに限ったことではなかろう。『普羅句集』所収。

 普羅ならではの、ダイナミックで厳しい自然の世界と、繊細で清澄な自然の世界。どちらも普羅の求め続けた俳句の精神世界、芸術の精神世界であることがわかります。次回も、普羅の自然詠を紹介します。 

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