前田普羅<38>(2023年12月)

< 普羅38 前田普羅の孤愁「秋風」>

 今回は、深まるばかりの孤愁に身を置く普羅の「秋風」の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p81) 秋風の吹きくる方に帰るなり

 普羅はよく山岳俳人と称されるが、山岳俳人の名では律しきれない心の中の葛藤にもがき苦しんだ作品も多い。この句もまさにそうであり、人間普羅としての生き様を思わせるものがある。昭和23年の作にして前書きに「小恙数日の後9月24日大和関屋を立つ 二句」とあって、一句目は「秋風のおとす雫にゆるる葛」である。
 「秋風の吹きくる方」とは、富山の普羅自身の家に他ならない。「秋風」は普羅にとって人生の晩秋の寂しい秋風なのである。漂泊の詩魂なるが故の普羅の風狂精神は人生のための芸術を実践しようとする。それは、実社会を生きて行くためには少なからざる困難をもたらそう。普羅の一生はそうした精神的な葛藤に捧げられたと言ってもいい。そんな普羅が暫しの夢心地のような仮泊の旅を終えて、現実社会の象徴としての独り住む我が家、すなわち「秋風の吹きくる方」へ帰るのである。この句は淡々とした詠みぶりで心のうちを表立たせてはいない。一句の鑑賞は読者に委ねられてそれぞれに解釈されるのだが、何かしら後ろ髪を引かれるような、いわく言いがたい余韻を与えてもいようか。

 

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