五岳集句抄
西瓜売浦の訛りの世辞一つ | 藤 美 紀 |
百年へいよよ歩を詰め立秋忌 | 野 中 多佳子 |
襟元の釦はづしてかき氷 | 荒 田 眞智子 |
空蝉の掃かれし音のかさかさと | 秋 葉 晴 耕 |
田の人へ遠き会釈の墓参り | 浅 野 義 信 |
青嶺集句抄
おまじなひ効いて眠りへ熱帯夜 | 青 木 久仁女 |
犬やがて通る舗道へ水を打つ | 太 田 硯 星 |
夏寒きICUよりメール来し | 山 元 誠 |
竹煮草煽りてバスは湖へ | 成 重 佐伊子 |
一雨の後ややありて法師蝉 | 菅 野 桂 子 |
茄子の馬亡夫振り返り振りかへり | 脇 坂 琉美子 |
墓参り道ゆづりあふ風の中 | 明 官 雅 子 |
葉裏まで熱き木斛立秋忌 | 二 俣 れい子 |
山涼し車前草ふめば道しづむ | 岡 田 康 裕 |
燕子花風の行手は御堂かな | 小 澤 美 子 |
竹の葉の雨に濡れゆく今朝の秋 | 北 見 美智子 |
梅雨明の湖畔の風にミントの香 | 野 村 邦 翠 |
高林集句抄
<主宰鑑賞>
青々と茂った中にたまたま見つけた異常というか違和感のある葉、ひいては哀れさを思う病葉である。それが今夏、否、秋までも続く猛暑で病葉の目立つこと。しかも葉の脆さも例年以上かと。それが「抓めばあつけなく微塵」という力強い表現で言い当てられている。普羅俳句の特色の一つである写生を超えた見事なまでの強調、誇張表現を見る思いである。
<主宰鑑賞>
青苔は「苔の花」の傍題であったりするが、最新の「角川俳句大歳時記」では「苔茂る」の傍題となっていて実態に適うかと。そんな青苔に木漏れ日が差せば、いよいよ青苔が美しく、木漏れ日も黄金色に煙るように立ち上ろうか。隠れん坊ならずとも、踏み込んでみて感触を味わいたいものである。
衆山皆響句抄
<主宰鑑賞>
富山新港に常時停泊の帆船海王丸が先ず浮かぶ。真っ青な海と空を背景に二十九枚の白帆が広がる姿を見れば「海の貴婦人」と呼ばれてきたことに納得、見飽きない。掲句は、まだ帆が張られていない帆柱と帆桁のみ。それを見つめながらの満足感というところがいい。「風涼し」の心地良さもあろう。かつて大伴家持も堪能した青海原からの「あいの風」である。
忽ちに雲の寄せ来るケルンかな | 角 田 睦 子 |
花火果て沖に漁火残りけり | 仕 切 義 宣 |
水辺など歩いてゆけば秋の風 | 紺 谷 郁 子 |
閨(ねや)の闇抜け行く網戸よりの風 | 勝 守 征 夫 |
元気さうと言はれ飲み干すソーダ水 | 浜 井 さなえ |
夏休み午前に泳ぐ子の多し | 加 藤 友 子 |
つくつくぼふし昨日より上手く鳴く | 五十嵐 ゆみ子 |
老夫婦各々好む端居の場 | 内 田 慧 |
軒下に雀の子用砂運び | 木 本 彰 一 |
桑の実に染まる手袋アイアンを | 杉 田 冨士子 |
噴水に負けじとジャンプ児は元気 | 指 中 典 子 |
ばらばらの夏座布団や十五枚 | 石 附 照 子 |
振り返りみるも楽しく草を引く | 平 木 丈 子 |
秋茗荷十もあればと葉を分けし | 八 田 尚 子 |
足の踏場探しあぐねる西瓜畑 | 出 村 禮 子 |
床ふきて溽暑のあうら喜ばす | 金 谷 美 子 |
青芒掻き分け探す白き球 | 船 見 慧 子 |
※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。