辛夷句抄(令和4年9月号)

五岳集句抄

十薬に勝る匂ひや己が薬今 村 良 靖
浜木綿や石に流人の名のかすか藤   美 紀
甘酸つぱき子の髪匂ふ団扇風野 中 多佳子
粘りゐるバッターボックス夏の雲荒 田 眞智子
縁側に足のはみ出し三尺寝秋 葉 晴 耕
仰向けのままの雷鳴歯科の椅子浅 野 義 信

青嶺集句抄

金魚屋について日暮の石畳青 木 久仁女
白山の風に乾きし汗のシャツ太 田 硯 星
慈悲心鳥樹々従へて穂高立つ山 元   誠
仁歩谷へどの道行くも立葵成 重 佐伊子
展帆の今か今かと夏燕菅 野 桂 子
バーに紫陽花カクテルは海の青脇 坂 琉美子
あつぱつぱの番台うつらうつらして明 官 雅 子
片虹の根元は母の住むあたり二 俣 れい子
草むしり電話のメモを土に書く岡 田 康 裕
参らざりし喪服をたたむ夕薄暑小 澤 美 子

高林集句抄

採る気なき時には見えず夏蕨新 村 美那子

  <主宰鑑賞> 
 春の山野に群生する蕨だが、標高が高くなれば五月以降の夏場が盛りとなる。より柔らかくて太いものが採れて蕨狩りを堪能できる。が、その気がなければ見れども見えず、さっさと通り過ぎていくばかり。春の日に目を凝らして採っていたことを思えば可笑しくもある。時折りの涼風に癒されながら浦島草や青歯朶などを眺めつつ夏の緑に染まっているか。

十薬の匂ひ纏へり検針員道 端   齊

  <主宰鑑賞> 
 「十薬の」か「どくだみの」かで一句の印象は随分と異なって来よう。やはり「薬」と「どく」との語感が与える影響は無視できない。「匂ひ纏へり」からは、足元の悪い、日陰の湿った場所へも果敢に踏み入らねばならない検針員の苦労を思わずには居られない。検針員への労いと応援からの一句。
  

衆山皆響句抄

重ね書く汗に消えゆく腕のメモ山 腰 美佐子

  <主宰鑑賞>
 掌にメモする看護婦さんを見たことはあるが、掌ではなくて腕に「重ね書く」とは何か作業中での、のっぴきならぬ事態を想わせる。それが「汗に消えゆく」メモへの重ね書きとあって痛々しくもあり、忘れてはいけない、という心の推移も感じられる。「汗に消えゆく」に驚きの発見があり、動きに勢いもある。体温も伝わるような皮膚感覚が冴えている。)

昼寝ともならず早々目覚めけり鍋 田 恭 子
人の寄る片蔭よけて歩くなり坂 本 善 成
よその庭見ては楽しむ今日カンナ今 野 ひろし
風死すや芭蕉生地の約(つづま)やか那 須 美 言
ハンカチを絹に取り替へ句会へと北 村 優 子
夏服や齢のしるき肘さらす谷   順 子
夏旅の案内の封を切らぬまま山 口 路 子
襟のぞく女坂下る白日傘釜 谷 春 雄
蜘蛛の囲を払へば海の匂ひかな石 黒 忠 三
籐椅子に雲と語りて寝落ちけり八 田 幸 子
筋トレは欠かさぬ日課朝涼し砂 田 春 汀
新築の部屋の真ん中ハンモック小 西 と み
早稲の花触らぬやうに草を取り石 﨑 和 男
七夕竹後朝(きぬぎぬ)の文紛れをり川 田 五 市
夏の雨庭の雑草仁王立ち金 谷 美 子
肩に鞄茅の輪をくぐる塾帰り仕 切 義 宣
水やうかんとろり崩れて恋半ば佐 山 久見子

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