辛夷句抄(令和3年5月号)

五岳集句抄

   
ものの芽を包みふくらむ雨雫今 村 良 靖
雪こんこ不精髭もて妻看取る但 田 長 穂
桃の花栗鼠の遊べる車井戸藤   美 紀
啓蟄や更地を囲む縄ゆるび野 中 多佳子
母と娘のパールピアスや梅の昼荒 田 眞智子
隣田の小昼によばる蓬餅秋 葉 晴 耕
春の雨蒼くなるまで研ぐ包丁浅 野 義 信

青嶺集句抄

 
呼びかけて届かぬ距離や花朧青 木 久仁女
産土の淡き色なる雛あられ太 田 硯 星
里人の身軽きしぐさ山笑ふ山 元   誠
バレンタインデーポテトサラダをてんこ盛り成 重 佐伊子
春雪を掃く飛石の一つづつ菅 野 桂 子
触れし指押し返し来る春の水脇 坂 琉美子
雛納め終へてパキラの鉢戻す明 官 雅 子
初蝶来杖を恃みの母の辺に二 俣 れい子

高林集句抄

名草の芽確かめ合ひて草むしる中 島 平 太

  <主宰鑑賞> 
 「名草の芽」「草むしる」の季重なりも合点の上、そうした事態が詠むべき対象となったのである。さらに「若草」の傍題の「雀隠れ」をも想う。冬も果て匂い立つような「春の土」に目を細めるのも束の間、あっという間に草が勢い付いて驚く。百合や花菖蒲、あやめ、吾亦紅などの芽を誤って毟らぬように奥さんと確かめ合う、といった仕儀か。季節感横溢。

鎌倉や駄菓子屋にある紙風船 相 川 澄 子

  <主宰鑑賞> 
 一読、鎌倉を舞台にした代書屋を描いた小説でNHKテレビドラマにもなった「ツバキ文具店」を思い出した。内容は異なっても昭和という時代の空気感が共通していよう。駄菓子屋といえば駄菓子も美しく見える、あの大きな硝子瓶。そして絵の描かれた紙風船もあり、いよいよ郷愁にかられる。
  

衆山皆響句抄

武道場春日をつかむ足の指山 腰 美佐子

  <主宰鑑賞>
 一般的に道場と言われるが、正確には武道場。柔道と剣道を主に、ここでは剣道か。打ち込んで行く素早い動作が浮かぶ。「春日をつかむ足の指」と一気に詠み下して印象鮮明である。年中裸足の「足の指」、その五指がしっかりと硬い床を掴む。「春日をつかむ」は写生を超え、躍動感ある冴えた技を象徴する表現となっている。動作そして音にも緊迫のリズム。

 
べうべうと北風入りぬインタフォン倉 沢 由 美
都忘れ何度聞いても寂しき名足 立 美也子
ミモザ揺れ希望の光見るがごと田 村 ゆり子
春疾風しづもり夜の薬飲む東 山 美智子
雲雀鳴き昭和の見ゆる高さまで馬 瀬 和 子
稜線に出でて髪すく雪解風稲 山 規 子
古日記文字の若さや春うらら鍋 田 恭 子
ときめきや春には春の傘をさし中 島 兎 女
寒椿愚痴言はぬ日の色は濃し宮 浦 純 子
黄塵の包む散居や古鏡めく砂 田 春 汀
摘草の軍手色づく立山剱岳川 田 五 市
朗読の始めは静寂春の雨今 井 久美子
黄帽子に汗染み数多卒業す堺 井 洋 子
卒業子母ほど写真喜ばず片 山 敦 至
かき餅のばらばら落ちて寒明ける長 井 とし子
縁側に引つ張るだけの布団干す三 橋 秀 子
春泥のやはらかに青空滲む佐 山 久見子

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