辛夷句抄(令和3年3月号)

五岳集句抄

   
チョモランマ・富士を征服初寝覚今 村 良 靖
枯るるもの枯れて日当る火牛像但 田 長 穂
来し方の遠さゆるりと落葉焚く藤   美 紀
昆布屋の酸つぱき匂ひ年詰まる野 中 多佳子
祖母負うて十七才の初詣荒 田 眞智子
手の中に産みたて卵小正月秋 葉 晴 耕
風凍てて海王丸の羅針盤浅 野 義 信

青嶺集句抄

 
菜箸を鳴らし餅焼く奉行役青 木 久仁女
声かけて声かけられて雪を掻く太 田 硯 星
煌めきし空の蒼さや初浅間山 元   誠
手袋のままグータッチまた明日成 重 佐伊子
雪を掻く南天の実の混じりしも菅 野 桂 子
朝なさな無事を聴き合ひ雪を生く脇 坂 琉美子
湯気立てて母の居眠り始まりぬ明 官 雅 子
鳥ごゑの近きに目覚む雪の底二 俣 れい子

高林集句抄

帰り路は裏道とほる初詣岡 田 康 裕

  主宰鑑賞 
 初詣といえば産土神や大きな社寺への途次、また参詣を対象として詠む。帰り路を詠んだ句はほとんどない。それだけに帰り路に着眼した掲句は異色である。さらに注目すべきは「帰り路は裏道とほる」によって、年が改まる往路の緊張感とは打って変わった落ちついた心が表現されていることである。「帰り路は」と焦点を絞ることで初詣全体も浮かんで来る。

寒鴉共に路地裏住処とし境 田 芳 雄

  主宰鑑賞 
 食べ物を見つけにくい寒中の鴉は必死の構えで人家にも近づき害を与えなどする。良きイメージの「初鴉」との違いを思う。ここでは寒鴉の哀れさや不気味さを全く感じさせない「共に路地裏住処とし」に驚きつつも引かれる。生きとし生けるものへの温かい思い、それは寒鴉にも伝わっていよう。
  

衆山皆響句抄

雪捨つる場所も無けれどスコップ手に永 井 宏 子

  主宰鑑賞
  四尺を超える積雪を見た富山市内であった。県庁所在地での大雪だけに全国ニュースでも連日報道。地下水による消雪や除雪車の出動もあるが、その恩恵は限られる。もう雪を捨てる場所がない状況で何ともし難い。それでも「スコップ手に」雪の壁に立つ自分に気付くのである。そこから生まれた一句が三五年ぶりという大雪を端的に物語ってくれている。

    
冬紅葉かつてはありし峠道西 山 仙 翁
頑固さは嚔ひとつで露呈せり金 子 喜久子
淋しさを重ねし如く着ぶくれて斉 藤 由美子
御降の貌にしみいる道祖神那 須 美 言
イヤリングゆらしてマスクつけ替へる北 村 優 子
背のファスナーするりと上り春近し谷   順 子
小半日かかる受診も年用意犬 島 荘一郎
拍手に杜の応ふる淑気かな黒 瀬 行 雲
微睡の宵の炬燵やエンドロール民 谷 ふみ子
番組の合間を縫つて初湯かな村 田 昇 治
日向ぼこ散歩がてらの立ち話小 路 美千代
長靴の黒光りけり雪掻けば藤 井 哲 尾
蒼天や生家の柘榴笑む頃と島 田 一 子
下駄箱のポインセチアや若き嫁八 田 尚 子
餡子餅作るは子らを呼ぶ手立て出 村 禮 子
赤茶けしリハビリの靴春を待つ正 水 多嘉子
野良猫のミケ来たるのみ年の暮石 黒 忠 三

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