辛夷句抄(令和2年12月号)

五岳集句抄

   
遅々として森を抜けざる今日の月今 村 良 靖
看取る身に祭囃は遠きもの但 田 長 穂
月光に鯉浮き上がる薪能藤   美 紀
息つめて押す落款や夜半の秋野 中 多佳子
セルロイドの針箱いまも夜長妻荒 田 眞智子
秋茄子紫紺の水をはじきけり秋 葉 晴 耕
初百舌鳥の空引き締まる延暦寺浅 野 義 信

高林集(一)句抄

 
神棚の升よりこぼる今年米青 木 久仁女
御下がりの秋果の匂ふ箱重し太 田 硯 星
パットへの気持ちをそぎし赤蜻蛉山 元   誠
露天湯へ吾のあとさきに鬼やんま成 重 佐伊子
さう言へば招かれもせず敬老日菅 野 桂 子
大根蒔く風に吾が身を盾として脇 坂 琉美子

高林集(二)句抄

コンバイン唸りて墓の間際まで小 澤 美 子

  主宰鑑賞 
 稲刈の傍題の稲刈機、 その延長としてのコンバイン。 稲専用ではないと歳時記にはないが、 コンバインは米どころの秋の象徴的存在。 掲句は田の隅に墓が一つ、 あるいは墓苑が隣接する光景。 コンバインが唸って迫り来るだけでも迫力がある。 それが 「墓の間際まで」 とは彼の世までも震撼させるような響きである。 彼岸と此岸はつながっていると改めて思う。

痛さうな音立て木の実落つる宵北 見 美智子

  主宰鑑賞 
 「木の実落つ」 眺めは趣深い。 立ち止まってその音に耳を傾ける。 「はりはりと木の実ふる也檜木笠 子規」 「木の実降る音からからと藪の中 虚子」 など様々に。 「一しきり木の実落ちたる夕日哉 普羅」 はどんな音か。 美智子さんの 「痛さうな音」とは気になるところ。心の内面が表れた音のような。
  

衆山皆響句抄

触れずとも膝を濡らせり芋の露磯 野 くに子

  主宰鑑賞
 郷愁を誘う 「芋の露」 であるが、 今どきの子は露の玉で遊んだりするのであろうか。 伸び伸びと広がる里芋畑を思い浮かべる。 そんな畑に入れば、 数多の大きな葉の、 浮遊して波打つような勢いに圧倒されそうである。 「触れずとも」 「濡らせり」 とは不思議な体験に違いない。 露を操る数多の大きな葉たちの、 してやったり、 という揺らぎが見えるようである。

        
名月を拝みたるとや姉百歳齊 藤 寿 仙
星光る眼閉づれば秋の音長 久   尚
見るだけの料理番組秋の昼小野田 裕 司
秋うららマスク忘れて戻りけり根 田 勝 子
茶の花に問うて語りてあきらめて山 田 ゆう子
度忘れの多き会話や草もみぢ長 井 とし子
泡立草とマイカー競ふ河川敷永 田 春 子
刈田より届く風あり夕餉どき永 井 淳 子
死ぬほどの恋もなく老ゆ十三夜中 村 玉 水
渋柿を吊してみたり異国の地田 村 ゆり子
見守り隊熊鈴付けて子らを待つ加 藤 友 子
風音のかむさりにけり虫時雨畠 山 美 苗
秋の暮スマホの中の子に触れて野 間 喜代美
虫の音に辿る雪洞(ぼんぼり)薬師堂内 田 邦 夫
袋には訳ありとあるリンゴかな中 川 正 次
さりげなく席立ちて見る秋夕焼荒 井 美百合
ライオンの檻の岩間に草の花広 田 道 子

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