前田普羅<41>(2024年3月)

< 普羅41 前田普羅の「奥山」③ >

 普羅の最晩年の「奥山」の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。

(抜粋p86) 花散つてゐる奥山の恐ろしき

 普羅の山の句の中でも「奥山」と詠まれたものは、「奥山に逆巻き枯るる芒かな」「人の世の奥山の草枯れて立つ」など20句余りある。昭和9年の壮年期にあっては「明るしや黒部の奥の今年雪」というように神韻たる雰囲気を漂わせながらも、まだ写生句としての足掛かりがあったが、次第に普羅にとって「奥山」は現実の世界を超えた畏敬の地と化していく。そこは、また憧憬の地ともなって行く。そして、一代の絶唱の一つ「奥白根かの世の雪をかがやかす」が生まれている。
 が、「花散つてゐる」の掲句は、一読、哀しさが伝わってくる実に閑寂な境地に至っている。亡くなる前年の昭和28年の作と知れば合点も行こうか。「明るしや黒部の奥」と詠んだ時代とは何と対照的な「奥山」であろうか。暗黒より生まれ出でて暗黒へと散りやまぬ花の乱舞が妖しいばかりだ。かく「恐ろしき奥山」も、その年の秋には、「奥山の草爽やかに刈られけり」と詠まれていることは救いである。いよいよ衰えてきた普羅が、己が苦しみから逃れんとしての心の整理をしたようにも思えてくる。

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