辛夷句抄(令和5年2月号)

五岳集句抄

北へ向く白鳥の頸風強し今 村 良 靖
海よりの風存分に干し大根藤   美 紀
日記果つ栞に能登の箸袋野 中 多佳子
休講のまさかの報せ冬の虹荒 田 眞智子
餅を搗く音つつぬけに両隣秋 葉 晴 耕
真つ先に猫の座れる干蒲団浅 野 義 信

青嶺集句抄

五十年前を辿りて冬ごもり青 木 久仁女
本閉ぢて霙の音を聞くことも太 田 硯 星
ただ歩く金木犀の咲く道を山 元   誠
錠剤の一つぶさがす夜の炬燵成 重 佐伊子
柚子刻み皿のどれにも一つまみ菅 野 桂 子
ひと休みせよと揺れをり帰り花脇 坂 琉美子
毛布かぶりモノクロの夢今宵また明 官 雅 子
小春日や手ぶらで墓へ寄ることも二 俣 れい子
縄結ぶ幹のぬくみや初しぐれ岡 田 康 裕
おそれたる隣の背高あわだち草小 澤 美 子
水鉢のめだか透き居り初氷北 見 美智子
やうやくにピラカンサにも冬の鳥野 村 邦 翠

高林集句抄

降りる人ばかりのバスや冬の星杉 本 恵 子

  <主宰鑑賞> 
 終点を目指す終バスか、それに近い時間帯での乗車である。車窓からの家の灯りも減って暗がりが深まる。乗降口を見遣りての「降りる人ばかり」との感懐は、眼前の不安とか淋しさと言うよりも、もっと根元的な人が生きてゆくこと自体の言うに言われぬ哀しみから来るものかも知れない。そんな人界を突き放したような冬星の透徹した輝きが皮肉的である。

たまさかの旅の支度に夜なべして大 谷 こうき

  <主宰鑑賞> 
 コロナ禍という時代背景がなくとも通じる味わいがある。何事も遠ざかると容易にこなしていたことが存外に出来なくなるものである。「夜なべ」という季語は元来が作業実態を伴うことを思えば季語の使い方にやや苦しさはあるものの「夜なべして」と嘆じずには居られない気持は十分に共感できる。
  

衆山皆響句抄

街の色攫ひてポインセチアの緋東 山 美智子

  <主宰鑑賞>
 近頃はピンクや白、黄色の品種も出て来ているようだが、ポインセチアと言えばやはり緋色の鮮やかな紅である。それは花ではなく実は苞葉を愛でている。クリスマス近くになると花屋のみならず色々な店頭に鉢物が出回る。商店街を巡れば何かを訴えるような緋色の世界に圧倒されもする。「街の色攫ひて」とは実感の籠った表現。眼裏までも緋色に染まるか。)

爽やかや車内清掃待つホーム倉 沢 由 美
年の瀬やコロナづかれの人の列仕 切 義 宣
憂ひあればこそまた歩む花八手あらた あきら
外来種ばかりとなりし枯野かな北 村 優 子
子ども食堂人参の星かがやけり加 藤 友 子
侘助のこれほど咲いて侘び住まひ 坂 本 昌 恵
冬ざれや朱印待つ間の板廊下 新 井 のぶ子
ミシン踏む横顔笑みて冬ごもり中 島 兎 女
塾終るこがらしの外へ散りて行く 坪 田 むつ子
預かりしインコを膝に日向ぼこ指 中 典 子
犬の名を小さく書きし年賀状源 通 ゆきみ
吉良殿の哀れや師走来る度に般 林 雅 子
コロナかとさわぎし今年も暮れにけり今 泉 京 子
柿落葉児らが並べるはつぱぐつ西 出 紀 子
大根引き天使の梯子背にありて飯 田 静 子
時雨るるや来季穿く気のモンペ継ぐ出 村 禮 子
大根が昼から匂ふおでんの日山 田 ゆう子

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