前田普羅<27>(2023年1月)
< 普羅27 前田普羅の「お正月」>
今回は、普羅の「お正月」の句を、主宰中坪達哉の著書『前田普羅 その求道の詩魂』より紹介します。
(抜粋p57) 大雪となりて今日よりお正月
昭和9年の正月は大晦日の昼ごろから降り出して大雪となった。当時は今とは違って掛け取りの時代である。大晦日ともなれば、掛け売りした代金を受け取ろうと掛け売りがやって来た。そんな酒屋とのやりとりなどもユーモラスに書き残している普羅であるが、一文は次のように結ばれている。「元日とは云へ余りに静かだ。噴井の音も含み声で耳に来る音は一つもない。雨戸を開けると昨夜からの粉雪は霏々として降って庭は二尺近く積って居る。水仙も菜畑も雪の底、杉も二三本は雪の中に曲り込んで居る。世の中の一切の用が済んだ様だ。又一切の用がはじまる様だ」と。
普羅の句としては穏やかで優しさに包まれたものだ。そして何よりも、降る雪を瑞兆とするような弾んだ気分に満ちている。筆者としては、この雪が、越中の地に国守として5年間過ごした万葉歌人、大伴家持の歌「新(あらた)しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事(よごと)」の雪と重なってくる。「いやしけ」とは、ますます重なれ、の意味。
雪の詩人としての一面も持つ普羅ゆえに、降る雪に託す思いも、むべなるかなである。『新訂普羅句集』所収。