辛夷句抄(令和4年8月号)

五岳集句抄

ひと切れの胸につかへる冷奴今 村 良 靖
郭公や裾ほころびし撫で佛藤   美 紀
ビーカーにバラ一輪や教授室野 中 多佳子
何色の傘にしようか更衣荒 田 眞智子
過ぐる吾を追うて鳴くかに雨蛙秋 葉 晴 耕
アスファルトのほてりを茣蓙に納涼祭浅 野 義 信

青嶺集句抄

万緑へグーチョキパーと十指挙げ青 木 久仁女
植田澄む棚田の風は膝を打つ太 田 硯 星
山峡のいつもの徑の山法師山 元   誠
恙去らぬ町を神輿の練りにねる成 重 佐伊子
朝日差し流れ定かや行々子菅 野 桂 子
田植果て雨あをあをと通りけり脇 坂 琉美子
空つぽの郵便受けも梅雨に入る明 官 雅 子
尻並べ子つばめ五つもう眠る二 俣 れい子
茄子を植う支柱持つ妻そばにゐて岡 田 康 裕
夏萩や風の流れのただ中に小 澤 美 子

高林集句抄

塩の道古人も見しや岩煙草中 村 玉 水

  <主宰鑑賞> 
 かつては日本の各地にあった「塩の道」。長野県の塩尻という地名は幾つかの「塩の道の尻」から来ているという。「塩の道」は反面、山の幸の道でもあったことも重要である。岩煙草は日の当たらない湿った岩場などで、煙草の葉によく似た葉の間から花茎を伸ばす。長距離を運んだ古人が涼をとり、息継ぎしつつ眺めたか。岩煙草を通して古人の苦労を思う。

釣忍時計屋あとにがらくた屋石 原 照 子

  <主宰鑑賞> 
 町に時計屋さんがある、そんな光景も懐かしいものとなりつつある。そのあとの「がらくた屋」とは、同名の飲食業もあれば、リサイクルショップ、はたまた雑多な物を並べた店もある。いずれにしても釣忍がそれなりに所を得るか。正確さが命の時計と「がらくた」とのギャップが何とも皮肉的。
  

衆山皆響句抄

素袷に日差し程よく茶筅振る寺 田 嶺 子

  <主宰鑑賞>
 単衣、綿入に対する袷。初夏の袷だが、さらに涼感を求めて襦袢なしで素肌に着るのが素袷である。ちなみに春袷、秋袷もあるから着物文化は奥深い。「茶筅振る」からは茶筅をもつ五本の指、そして小さくスナップを利かせた手首の動きや抹茶のきめ細かい泡も見えて来る。折からの日差しも素袷の涼感を妨げることのない照りよう。一期一会の茶会が進む。)

飛沫より生れし虹消す滝の風東 山 美智子
紫陽花や谷戸の奥まで海の風田 村 ゆり子
揚羽来て否応なしに匂ふ花大 嶋 宏 子
逃げ水と気付くことなく人の脚大 塚 諄 子
雪形に粒とも見えん我ら行く野 間 喜代美
妻の髪夏日に梳かれ波の音内 田   慧
二つ三つ若返りけり更衣稲 垣 喜 夫
花よりも空きしベンチを探しをり木 本 彰 一
試歩の杖一歩踏み出す青田風寺   沙千子
田の水に映る花火の寂しけれ今 井 久美子
わが家守る青大将と相対す水 戸 華 代
城山の触るるを拒む夏薊片 山 敦 至
草刈や畦ごと滑る古き沓大 和   斉
道迷ふこと楽しくて古都の夏小 峰   明
紫陽花の乗り込んで来るケーブルカー赤 江 有 松
城塞を登れば公園散松葉吉 田 和 夫
夏草に埋もるる駅舎に一人降り永 野 睦 子

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