五岳集句抄
古民家の三和土(たたき)に蟇のしたり顔 | 藤 美 紀 |
秋の夜を眼鏡押し上げ釦付 | 野 中 多佳子 |
秋晴の金曜を待つ旅鞄 | 荒 田 眞智子 |
あさがけの農夫睫毛に霧ためて | 秋 葉 晴 耕 |
病院に済ます夕餉や鰯雲 | 浅 野 義 信 |
冷やしたる西瓜をあてにギムレット | 太 田 硯 星 |
斑少し梵字めきたり盆の月 | 山 元 誠 |
青嶺集句抄
九月来る「コキ」と左の膝頭 | 青 木 久仁女 |
秋の虹仰ぐも一人バスは来ず | 成 重 佐伊子 |
蚊遣して受付居らぬ古刹かな | 菅 野 桂 子 |
朝顔や弁当四つ詰めし日々 | 脇 坂 琉美子 |
秋扇開けばバスの曲がり来る | 明 官 雅 子 |
稲妻に昼間の疲れさらしけり | 二 俣 れい子 |
西瓜割りしてより多弁孫五人 | 岡 田 康 裕 |
零余子飯湯気もろともに仏壇へ | 小 澤 美 子 |
揉み合うて神輿の渦や秋祭 | 北 見 美智子 |
身の凝りのほつほつ解けて刈田道 | 野 村 邦 翠 |
手花火の色のこぼるるバケツかな | 杉 本 恵 子 |
秋の灯を濃くして五平餅の店 | 石 黒 順 子 |
高林集句抄
<主宰鑑賞>
盆の墓参りは最も日本人らしい行事の一つであろう。そのための「墓洗ふ」「掃苔」は好んで詠まれるが、身近な故人を偲ぶものや種々の来歴や近況報告などといった内容が多い。それだけに「父ははに行く末尋ね」と彼の世のご両親に真剣に迫る詠みぶりに注目する。安らかに眠っては居られないご両親の驚きぶりも想わせて何とも俳諧味に富んだ一句である。
<主宰鑑賞>
命あるものは無病で通せる筈もない。昔から一病息災と言われるように病気と折り合いをつけながら生きて行く。仔細は知る由もないが、「病名の分かりて安堵」からは時には増大する不安に耐えつつ各種検査に臨んだ心の推移を想う。猛暑を乗り切り哀感が漂う秋扇が、反って冷静な安堵感に適うか。
衆山皆響句抄
<主宰鑑賞>
古筆とは平安・鎌倉時代の歌集などの筆跡。臨書は単に真似て書くことではない。字の形や意味を汲み取った上で手本を見ないでも書けるようになること。「息ととのへ」も、むべなるかな、である。筆を持って心身ともに集中する時間がどれほど続くのであろうか。心が無になるような境地にも達しようか。自ずから「暑気払ひ」となる空気感が伝わる読後感。
刈る前にひととき眺め葛の花 | 坂 本 善 成 |
掴み癖付きて夏帽へたりけり | 川 渕 田鶴子 |
三千坊かなたに見えて秋気澄む | 佐 山 久見子 |
盆休み余震の続く故郷へ | 越 橋 香代子 |
稲刈も終り父子のつなぎ干す | 小 西 と み |
それぞれの刈田の匂ひ家路急く | 今 井 久美子 |
経唱ふ色なき風の只中に | 飯 田 静 子 |
呉羽梨持ちて息子に頼みごと | 八 田 尚 子 |
またしても食べ頃の西瓜抉(えぐ)られ | 立 花 千 鶴 |
歩かねばとお地蔵様へ鰯雲 | 島 美智子 |
台風の過ぎたる街を風と歩す | 斉 藤 由美子 |
白波を立てて海より九月来る | 倉 島 三惠子 |
秋風にふれて見たくて街に出る | 馬 瀬 和 子 |
バス降りて昏れゆく道に稲穂の香 | あらた あきら |
秋潮と変はりし海に手を入れて | 谷 順 子 |
じれつたき恋のはじまりデラウェア | 若 林 千 影 |
カマキリも地蔵に参る過疎の村 | 谷 澤 信 子 |
※上記、衆山皆響句抄の各句への<主宰鑑賞>は、俳誌『辛夷』の「鑑賞漫歩」に詳しく掲載されています。