『辛夷』創刊百周年記念大会作品(令和6年5月12日)

< 百周年記念特別作品 >

  花  野      中 坪 達 哉

揚羽蝶渡りて庭の広ごりぬ
千歩ほど走るか次の片陰へ
汗掻いて乾きて掻いて峠道
一陣の雲に翳るや登山地図
花野へと踏み出す一歩膝鳴らし
うづくまり花野の花にあたたまる
亡き人と擦れ違ひては花野行く
  稲架干珍しく 二句
隠るるによし高稲架の稲の陰
掛稲の乾きゆく音聞くとなく
立山の見えねど秋明菊の紅
事務鞄ふくらみたるは富有柿
書きとどむべきこと多く十三夜
仕舞湯へ廊下を渡る夜寒かな
家電機器つぎつぎ唸りそぞろ寒
熊鈴の鳴りやうも若者らしく
椀なりに指うつくしく冬はじめ
ちと濡るることも幸とす初しぐれ
蔵の戸の重さ好もし朝時雨
落葉焚く匂ひ纏ひて小買物
クリスマスツリーに溶け込む幾人か

  桜 か く し     野 中 多 佳 子

子安仏供華あたらしき春御堂
木の根開く訪はずじまひに母の里
風にまだしなふことなき葦の角
かへるさの桜かくしとなりにけり
海桐咲く模糊たる雨の日本海
奉る朱塗りの桶の氷室雪
薔薇園の薔薇の百花に惑ふかな
雁なくや介護日誌は書かずとも
木仏彫る夫無心なる鵙の昼
薄ら日にさくら二輪の帰り花

< 百周年記念俳句大会  >

◎ 大 賞   太 田 硯 星

花菖蒲風抜くるとき息を吐く
若葉寒大路に出れば尚更に
ぼうたんの花には重き人の息
齟齬のまま笑まひ閉ぢたる夏扇
聖樹まだ点らぬうちは心に灯
ありありと考妣の言冬座敷

◎ 準大賞   二 俣 れ い 子

更衣今年の風に肘さらし
遠郭公背もたれのなき主婦の椅子
星の夜の寝言のやうな蟬の声
縁涼み娘いつしか聞き上手
手を振つて日傘ひらかぬ別れかな
母からの鍋を焦がせり夏の果て

◎ 準大賞   野 村 邦 翠

緑蔭に膝撫でてまた歩き出す
裏庭を抜け道として揚羽蝶
曝書せぬ父の辞典の重さかな
墓参り畦草踏んで靴濡らし
厨の灯につぶやくやうに夜の蝉
数多なる彫像を見て秋澄めり

< 百周年記念俳句大会 当日句会 >

主 宰 吟青嵐歩みととのふ百歩かな中坪 達哉
主宰選天位乗りかへて降りれば一人麦の秋松田 敦子
主宰選地位大瑠璃や輪島の海の色曳きて石黒 順子
母知らで永らへし世や華鬘草山藤  登
主宰選人位手に取りて戻して石の夏めきぬ永井 宏子
物干の際まで代田迫りけり川田 五市
夏燕うれしきことの二つ三つ大井まゆ子